こうして僕らは腐る

ロンドン留学生活、社会批評、英語勉強などの雑記ブログ

PR

橋下元大阪市長とヨッピー氏と【弱い強者】としての蹴鞠おじさん

以下で話題になっている蹴鞠おじさん(僕からすれば単なる老害

yoppymodel.hatenablog.com

ヨッピー氏の言い分は至極まっとうで、ブクマカたちも概ね賛同しているようです。

ただ実はこの一連の流れはすごくモヤッとしました。

 

タイトルにも書きましたけど橋下元大阪市長がやってきたことと似ているなあと。

 

まずはじめに蹴鞠おじさんというのは何なのかという話ですが、元記事を読むと「業界のルールみたいなものを押し付けてきたり、難しい専門用語でマウンティングを取ってくる頭が固くて時代遅れな人々」的なものかなあと思います。

 

記事内で上がっている高広氏という方がいわゆる蹴鞠おじさんとして上がっているんですが、【弱い強者】なんじゃないかと思うんです。

 

蹴鞠おじさんとして挙げられた二人はギョーカイの偉い人と准教授なのですが、両方共実社会においてはそれなりの【強者】だと思うんですよ。

ニートやフリーターとは違ってそれなりの立場や給与があり、知識レベルも高い。

 

ですが、この人達のネットでの発言を見ると、ネット言論空間では嫌われたりネタにされるタイプ丸出しなんですね。

 

カッコイイことを上から目線で説教するみたいなのは匿名でやるべきで、そこでバッシングを受けて卒業するような立ち振舞なんじゃないかと。

それを素でやっちゃうのって明らかにネット弱者だと思うわけです。

 

こういう蹴鞠おじさんはネット上のネタとして消費される運命しかないのですが、そこがなんというかモヤっとするのです。

 

実社会の立場がそれなりに強くてもネットで話題になると一方的にボコられる人って結構いると思うのですが、僕は以前からこれがあまり好きではない。

 

実社会では強いけど大衆社会に対してあまりにも無防備な人達を

【弱い強者】と定義しております。

 

その逆で実社会では大した立場ではないけど、人気者がゆえに発信力が高い人は

【強い弱者】だと思います。

 

今回の蹴鞠おじさんの記事とそれに連なる反応を見て、僕は橋下府政の8年を思い出しました。彼はこの【弱い強者】を叩くのがすごくうまかった。

 

橋下府知事にとっての敵は公務員でした。公務員もまた僕の中では【弱い強者】です。

世間的に見れば公務員は中々良い職業です。めったにクビにもならないし、ボーナスもきちんとでる。だけど公務員叩きが一定の指示を得られるように、大衆にはめっぽう弱い人々でもあるかと思います。

 

【強い弱者】である橋下氏やヨッピー氏が【弱い強者】である高広氏や公務員を大衆の前に引きずりだして、コロシアムで滅多打ちするというところがすごく重なった。

(橋下氏は弁護士の地盤もあったので単純な強者とも言えますが、芸能人でもあり人気商売なので自己責任的なところが強く、転落しやすくもありました。)

 

公務員もギョーカイの偉い人も大衆の前に出されると本当に弱い。

タコ殴りになるわけです。

 

タイプこそ違いますがヨッピー氏と橋下氏には共通点ががあって、

まず立場は根無し草的であり、品性を売りにしていない。

つまり大衆から見たらイメージのハードルは低く、それを自覚している。

 

そのハードルの低さを利用して何らかの社会問題に切り込むという手法は大阪をはじめ近畿圏の人がよく使う伝統的手口です。

 

言って委員会の故・やしきたかじん氏やざこば師匠などもそういうことをします。

「ワシはアホやねんけど〜」という前提からの鋭い考察で、

周りからは「意外とモノ知ってますなあ!」という特別な評価を得るわけです。

大阪人的やり口なんです。

(このやり方で滑っているのは松本人志氏でしょう)

 

コレはすごくメリットがあって、政治的なとこに突っ込んで失敗しても元に戻りやすいし傷つかない。橋下氏も政治から引いた今では元の芸能生活に戻っています。

 

政治のプロフェッショナルが失敗すれば何も残らないけど、知名度がある根無し草が政治的に失敗しても、固有のファンは残るし「良くやったんちゃう?」みたいな評価を受けて政治方面の言論仕事が増えるという側面もあります。

 

芸能人時代の橋下氏は結構ゲスい発言も多く、世間的には「そういう人」として見られています。だからちょっとばかりひどいことを言ってもイメージは下がらない。

もともと育ちがいいわけでも態度がいいわけでもないからです。

 

ある程度「アホ・下品」キャラで人気と知名度を得たところで、

「親しみやすさを持って社会批判をする」と大衆は虜になります。

「敵」もちゃんと選んで、自分のコロシアムに引きずり出してから始末する。

観衆は大喝采を浴びせます。

(現にヨッピー氏記事ののはてブを見ればわかるでしょう。)

 

僕はこのやり口が間違っているとは思いませんが、あまり好きではない。

本当に良いのは、ヨッピー氏自身が広告業界で幅を利かせる組織を作ることでしょう。

(これはとてもめんどいからやらないでしょうが)

 

あくまで組織人としてのアレヤコレヤを躱した上で、記事通りのことが言えるなら素晴らしいことですが、人気者が外野からわかりやすく攻撃するというのは個人的にはいただけないなあ。

 

何が嫌かって、「人気者の個人が業界ルールをフリーハンドで決めていける感じ」なんだと思います。

 

橋下氏はその点、最後には組織を作るというところにまで持って行ったので(そして限界点を見た)社会責任は半端なかったなあとしみじみを思います。

 

蹴鞠おじさん達が時代遅れで、どうしようもない人達だなあとは思う反面、人気者が問題提起をしてアウトサイドからまとまりのないルールがネット上にはびこっていくのは嫌だなあと思っていたり。

 

わかりやすいルールブックを作っても、まとめサイトとか大学生ユーチューバーがそれを見て守ってくれるとも思えないのですよ。(自分も頭が良くないですが、とんでもないバカというのも世にはいるもので)

 

結局のところ「すごい組織」が「法整備」まで着手して初めてルールが形になると僕は思っているのですが、蹴鞠おじさん達もヨッピー氏もそういったことはしないでしょう。

(つまり政治力を持って社会を変革するという最もエネルギーが必要で面倒なことはしない。)

 

僕は広告業界の人間ではないのですが、なんかモヤッとするなあと思った次第であります。