こうして僕らは腐る

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ADHDだけが人生において不利な条件なのか

残業禁止になるとADHDは不利だ、という意見が話題になり連鎖的に色々な記事がホットエントリーに入るという自体になっております。

 

anond.hatelabo.jp

こちらは良くまとまった記事です。

menhera.jp

多様性のある社会がテーマになると、いつだって表に出るのが属性ではLGBT、病気では身体障害、発達障害ADHDだと思います。

 

ふと、冷え性、花粉症やアトピーって軽視されてないだろうかなんて思ったのです。今挙げた病気だけではないですが、こういう持病ある人って社会には多そうですが、社会を変えるお題目にはならないんですよね。

 

僕は乾燥肌で、冬なんかは油断するとお肌が痒くなるので、調子の悪い日はそれで集中力が途切れる上に、見苦しいことになるわけですが、乾燥肌やアトピーの人々にも働きやすい社会を!とはならないわけです。

 

同じように集中力を下げさせパフォーマンスを悪化させる持病というのはたくさんあるわけです。そう考えるとADHDの人がうまくやれる社会というよりは、ありとあらゆる人にとって人間らしい生活空間を提供できる社会を議論する必要があるのではないか。

 

持病でなくても、要介護の家族を抱えているとかね。精神不安は仕事のパフォーマンスに影響を与えますので、普段どおりなら普通の人なのに、精神不安問題があってパフォーマンスが落ちるということはよくあることでしょう。

 

ADHDはいろんな問題を抱えているんだ!というより、会社の人事評価のやり方を議論する方が適切だと思います。軽度のADHDと花粉症の人と、アトピーの人が同じ職場で働く時、ADHDの人だけに気を配る会社は明らかに偏りがあるのではないか。

 

ADHDの人が集中力を高める方法はないと言い切れるか

集中できる期間がいつくるかわからない、というのは本当なのだろうか。あるいはそうだとしてもトレーニングやカウンセリングで健常者と同じように集中できる時間帯を意図的に作り出すことはできないだろうか。

 

そういった科学的療法なんかを研究したり広めようとするほうが汎用的な社会になりうるのではないかな。なんでもかんでも社会制度をカスタマイズするより、個人レベルを平常社会に対応させる。うまく適応するやり方を模索する。すごく大事。

 

社会システムは汎用的にに作ってくれ

僕はプログラマを長いことやっているから、システムを汎用的に作った方が長持ちするものだと考えてしまう。個人のやり方をシステムに当てはめるようになると、個人用システムが出来上がってしまう。それは最も恐れるべきことに思う。

 

ある程度、多数派が便利な社会のほうが遥かにリラックスできる。そこから弾かれた人のための対応方法や適応方法は探してあげる必要があるけれど。

 

だが少数派のために社会システムを組み上げると、当然多数派がイライラし始める。そして多数がイライラすると、全体がイライラして不満だらけの世界に見える。

 

実際多数派の人たちが、ADHDのつぶやき記事に対して過剰にブコメ攻撃をするところが見られました。ただの意見でさえこれなんだから、少数派仕様の社会制度がドンドン出来上がっていくことは恐れるべきです。

 

ADHDの人には残念かもしれませんが、多数派社会に無理なく適用する方法を色んな角度から研究していくことが最も理にかなったあり方ではないでしょうか。