こうして僕らは腐る

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従軍慰安婦像のバス乗車ってそんなに悪いことなんだろうか?

ホットエントリーでバズっていたから何事かと思ってみたら、韓国のソウル市内でバスに従軍慰安婦像を乗せるようになったらしい。

 

www3.nhk.or.jp

はてブのブクマコメントは批判一色だ。僕はわりと他国内の国内対応については別にいいんじゃないか?と思ってしまうタイプなので、ここまで批判一色になっているのに違和感を感じたのだ。

 

例えば山口県の路線バスに伊藤博文あたりの像を乗せたとしたも、別に何とも思わないだろう。変わったPRだなあとは思うが。

 

これが日本国内で従軍慰安婦像を乗せたとなると、なんで??と思うに違いない。そんな火を付ける真似をするなよ、と。

 

だが今回は韓国内の話だ。

 

別にいいじゃん、やりたいなら、とシンプルに思ってしまった。

 

慰安婦問題についての解釈で言えば、僕は性被害はあっただろうなあと考えている。そもそも現在日本でも割りと貧困・奴隷買春みたいなことをしている人がいたりして、法の統治が行き届いている現代でもそうなんだから、当時の軍や2級市民としての植民地への視線を思えばさもありなんというところだ。

 

韓国のこの慰安婦への視点と、日本の原爆被害の視点と似ている気がする。

 

例えばアメリカの大統領が「原爆投下は妥当。残虐な日本人を懲らしめた」などと言おうものなら、普段から原爆被害を意識していない人たちも怒るだろう。逆にオバマが広島に来て被害者を悼んでくれたら感動したりする。

 

原爆被害者だって完全に許したとか、過去を忘れるみたいなことはなく、記念日ごとにそれを思い出そうとしているし、人によってはアメリカにその罪を認めるよう要求することもあるだろう。彼らが過激化しないのは、アメリカが配慮しているおかげだ。定期的に原爆投下記念パレードなどを行えば、原爆被害のない日本人とて過激化する。

 

原子爆弾投下は人道的にひどいものだが、政治的には特に問題されない経過だろう。にもかかわらずアメリカの代表が現役中に慰問してくれるということをオバマはやってのけた。

 

さらに言えば、オバマ否定が大好きなトランプでさえ広島訪問を否定しようとしていない。政治的なポリシーや配慮を感じる。歴代大統領も原爆をネタに日本を怒らせるような発言はしない。戦勝国でも、だ。

 

日本の政治家は基本的に従軍慰安婦問題に大して非を認めている。だからお詫びのお金も提供しようとするし、謝罪の合意を行おうとする。

 

だが日本というのは、敗戦国ではあるがアジア地域への謝罪について実は政治家同士・政府、国民間での合意が取れていないように思う。

 

だから割りと頻繁に政治家自らが過去を正当化する発言をして、右翼的な人がそれに乗っかり、せっかくの謝罪の過去を台無しにするのだ。

 

ここが戦勝国のアメリカや敗戦国ドイツの対応との違いだろう。

彼らは特に政治家が一貫したポリシーを貫いている。

 

韓国や中国が戦中被害を外交カードにしようとする時にポリシーなき日本は売り言葉に買い言葉で対応するため、彼らと自らの世論に火をつける。そして寝た子を起こした韓国・中国が悪い、我々はすでに謝罪したのに彼らはしつこい、というような本音を出す。

 

これはドイツの周辺国でも同じことが行われている。例えばギリシャはつい最近、ナチスドイツの戦後被害の賠償を請求したりしたし、メルケルはことあるごとにチョビヒゲをつけられたりしている。率直にいってEUの周辺国は韓国・中国以上のストレートさのように思う。

 

だがドイツ政治家は彼らのポリシーを捻じ曲げてまで挑発に乗らないし、やっぱりナチスは正しいなどという発言もしない。

 

そのためナチスを引き合いにだした批判や挑発はいずれ沈静化する。

(そしておそらく日本以上に繰り返し挑発される。)

 

だが日本は、謝罪したら水に流せという文化からか、継続して戦後反省を行うということができない。ときおり日本は侵略戦争について反省をしてないと指摘されることがあるが、実は僕もそう思っている。心のなかでは反省してないのだ。

 

反省して謝罪の合意をプライドを持って行ったならば、それをひっくり返すことは誇りを失うことと同義だが、一部の政治家・国民達はそのような態度をとることに抵抗がないようだ。

 

謝罪の合意とは、実は反省ではなく「昔のことは忘れろ」というメッセージなのだろう。だがその対応は外からは極めてわかりやすく見て取れる。

 

誰だって強姦魔が

「俺は刑務所に入ったんだから、もう謝罪は終わった。」

「そもそも被害者が誘ってきたところがある。」

「有罪判決は受けたが、本当は証拠がない。」

 

などと被害者の前で言おうものなら、イラッとするだろう。

それって言う必要なくない?って思うだろう。

 

「そもそも刑期が終わったのに被害者がしつこい」

と言えば、さらに被害者の怒りを招く。

 

韓国がヒートアップするのは、まさに日本のポリシーと社会合意のなさゆえの帰結だろうと思う。

 

時折「永遠の謝罪を要求するつもりなのか?いつまで続くのか?」というような意見を聞くことがある。

 

日本人の目線では謝罪や反省というのは相手にマウンティングを取られることだと思っている節があって、何度も要求されるのは癪に障るというのだろう。

 

これは文化的な価値観かもしれない。主に儒教的な。

 

反省をマウンティングと考えていなければ、永遠の反省とは難しくないはずなのだ。過去と現在の国民国家を切り分けていられれば、あの頃の日本はひどかった、韓国もひどい目にあったねえということぐらいは簡単だろう。

 

日本にはそれができない。過去の連続性と自分を同一視しているところや、謝罪と反省は敗北のような感覚を持っているため、何度も謝罪するのは屈辱と捉えるのだろう。

 

その点イギリスやドイツってうまいよな。

 

過去現在や名誉と不名誉の切り離し方、外交儀礼と個人的意見の違い、オフィシャルに言うべき発言と、不用意な発言を批判して裁ける体制。

 

韓国(中国)と日本は同じ文化圏で兄弟のような思考回路だから、彼我は独仏英などとは違って感情的で、外交と個人の意見をごちゃまぜにし、オフィシャルとプライベートを混ぜ込み、政府と国民、過去と現在も同一視する。

 

だから永遠に解決しないのだ。

 

僕はそんな極東3馬鹿トリオが大好きだ。