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【イギリス留学記】96日目(Thu) 再びロンドンへ

水曜日に日本を離れた。その前日に友人としこたま飲み、カラオケをして日本最後の夜を満喫した。友人の一人はまだTが死んだことを受け入れていない。

 

僕らは大いに泣いて、歌って、飲んで一週間を過ごした。おかげでお肌がボロボロだ。

 

本当は1日早く帰りたかったが、水曜日のフライトがとても安かったのでそちらにした。夕方の4時出発だったが、12時ぐらいに関空へと向かった。

 

僕の家に母親が来て見送ってくれた。ロンドンにいる間、掃除したりしてくれていた。こういう時に家族がいると心強い。

 

難波でちょっと高めのトンカツを食べて、これも後2ヶ月食べられなくなるなあなんて思ってしまった。死んでしまえば2度とは食べられない。

 

日本では仲の良い連中と毎晩酒を飲みながら、あいつの分まで生きなあかんでと言い合った。

 

関空で滞りなくフライトできた。チェックインしてゲートに行くまではwifiつながらずイライラしたが中に入ってしまえば快適だった。

 

その後2時間ぐらいして台湾に入った。乗り換えではなく一度降りて再度荷物チェックをして同じ飛行機に乗るというよくわからない対応をした。

 

台湾でオレンジジュースをカフェで買ったがこれが380円もして手が震えた。

 

台湾から新しく乗ってきた人がいるようなのでそのために全員降りたようだ。

 

そのままフィリピンのマニラまで向かった。日本からフィリピンのマニラまでたどり着くのに6時間。車だと疲れて運転したくなくなる時間だが、飛行機だとまだ短いぐらいだな、と思ってしまう。

 

問題なのはマニラで次の日の昼までフライトを待たないといけないというわけだ。15時間もだ。フィリピンエアラインで一番安い便が400ポンドだったので迷わず買ったがこの待ち時間が非常に堪えた。

 

飛行機を降りてラウンジみたいなところでチケットを預かってもらい、中にはいった。シャワールームとトイレとたくさんの椅子が並べられているだけの空間だ。ビーチにあるような形のもたれられる一人用長椅子みたいなものを使うか、ソファーを2つつなげて寝るかしかない。

 

清掃員とスタッフ何名かが常駐しており何かあったときに対応してくれる。何とか寝ようと思ったが酒を飲みすぎて疲れがたまっているのに寝れない。

 

日本に帰って1週間で花粉の影響か疲れからかとにかく顔の肌がガサガサしてつらみがあった。シャワールームがあるので使ってみたが、何とお湯がでない!水でシャワーを浴びて顔を洗い体を洗って少しマシになったが、それでも中々つらい。

 

眠る前に夜食的なものが無料で用意されていて、チキンの甘辛炒め的なものとご飯とコーラが提供された。味はまあまあだった。

 

寝椅子みたいなものはフラットな椅子ではなく腰辺りで曲がっているため寝るのが難しい。ソファーを2つくっつけて寝てみたが狭くて首と腰が痛い。割りと拷問だなあと思いながら眠りについた。

 

次の朝早くに起きたが全く疲れが取れない。ひどくつらい。朝起きてスマホをしようにも、全くwifiが繋がらなくなった。無料wifiにも時間制限がありそれを超えたら使えないのだ。仕方なくBBC Leaning Englishのダウンロードしていたやつや、apple musicを聴いて時間を潰した。

 

朝食の割引チケットというか金券みたいなものもついていて、300ペソまで無料で使えるバウチャーをもらった。空港内のカフェフランスというところで食べた。

 

ラザニアと紅茶を買ってちょうど300ペソだったが、これが両方ともクソ熱い食べ物で、紅茶じゃなく水にすれば良かったと心底後悔した。300ペソで670円っって物価高すぎでしょ。

 

思うに空港で売られている食べ物の値段は各国共通というか、後進国でも先進国なみの物価のようだ。やはり空港の外でなければ発展途上国の安さを実感できないみたいだ。

 

問題なくマニラからロンドン行きの飛行機が飛んだ。ここからさらに15時間ほどのフライトだ。結構うんざりしていた。体の大きい僕は狭い場所がつらい人間だ。ビジネスクラスで行ければ良いのだが。

 

僕は窓際の席だった。隣2つの席にフィリピン人の老夫婦が乗っていた。このスペースの狭さは厳しいものがある。通路側のほうがトイレに行きやすくていいのだけど。

 

しばらくして僕がトイレに行く時に通路を挟んで隣の席が空いている事に気づいた。僕は老夫婦に伝えて、そちらに移動した。老夫婦にとっても僕が空いた分広々と使えてよいようだった。

 

機内では全然眠れず、眠れても1時間だけみたいな感じで心身ともに疲れ切った。

 

機内でトラブルというか、60歳は超えているであろう白人男性が徘徊するので困った。しかもよだれをダラダラたらしながらである。キャビンアテンダントが何人か英語で話しながら元いた席に座らせようとしていて、それが僕の隣の通路で行われたからよりいっそう辛くなった。

 

認知症かな、と思えるほど挙動不審でどうやって飛行機に乗れたかすごく気になった。

 

変わったことと言えばそれぐらいで、特に遅れることなくヒースロー空港に到着した。

 

その時すでに21時という頃だったが、そこから入国審査がひどく並んでいて軽く絶望したのを覚えている。

 

ロンドンに初めてきた日曜日はほぼ並ばなかったが、平日でもこれだけ人がいる。困るよな。ロンドンに降りるなら日曜だということがわかった。

 

ようやく対応してもらえて、いつも通りのことを聞かれたが、友達が死んで一時帰国をしたことを伝えた。困ったことに学校の入学証明を求められたことだ。そう言えばフラットに置いてきたままだ。メールにあったか確認したが全然見つからない。そもそもメールではなかった気さえする。

 

さすがに時間がかかりすぎたのか、女性の担当がどこの学校か、いくら払ったかみたいなことを尋ねて、僕がそれに答えると次からはちゃんと持ってきてと言って通してくれた。

 

とにもかくにもロンドンに戻れたというわけだ。

 

もう夜中の10時を回っていた。ここから電車で長いがとにもかくにも日が変わる前にフラットに入ることができた。

 

フラットに戻って何より感動したのはお湯のシャワーを使えることと、足を広げて眠れることだ。

 

本当に本当に感動した。

 

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