こうして僕らは腐る

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Google Pixel Buds発売に思う日本人感覚のズレ

テクノロジーの進歩は素晴らしい。明らかに便利になっていく。

日本人待望の機能を実装したイヤホンが出たとニュースになっていた。

japanese.engadget.com

それに対する問題点はこちらの記事でいい感じにまとめられている。

note.mu

 

一つ目の記事のはてブコメントを見ていて、日本は本当にやべえなあと思うと同時に、努力すれば差をつけられるという意味では悪いニュースでもないかな、と思った。

 

批判をするつもりではないが引用したい。

あと数年だね。言語の壁が消えるのも。

 

翻訳こんにゃくまで、もうちょいだなあ。そろそろ語学学習いらんわな。

 

こういうの出て来るの、自分が思ったより全然早かった。外国語を学ぶのはモノ好きだけになっていくかもね

 

言語を学ぶ必要がなくなる時代がくるな。

 

語学学習が脳トレや趣味の意味しか持たない未来が近い。

 

息子の英語にリソース割くのやめようかな…

 

などなど。割りと語学終了的なニュアンスで語られるコメントが多数あった。

 

そんな時代はこない。

 

語学の重要性はまさにリアルタイムで自分の特性を相手に伝えられるところにある。

ジョークを言ったり、理路整然と発言できたり、と。相互理解のための会話である。

 

もちろんいずれそういう機械が出て来るにせよ、それが普通の社会になるまでどれだけかかるだろうか。特にGoogle Classのような末路になるかもしれない。人は身につけているものというのをなかなか変えられない。常にイヤホンをして相手の話を聞くということが許される時代が来なければならないが、ハードルは高いだろう。

 

問題点はお互いこのイヤホンをつけなければならない点にあるし、高度な仕事をしている人たちはこれを付けないことに価値を見出すだろう。

ネットへの常時接続というハードルもある。

 

 

例えば取引する会社の交渉相手に、機械なしで流暢な言葉を使う人が来たとして、イヤホンを付けながら話す人とどちらが価値あるプレイヤーかは明白だ。

 

Google翻訳の成長は凄まじい。どの国の留学生も利用している。それでも学習補助としてしか使われていないし、語学学習では自分で使いこなせなければツールがいくら優れていても意味などない。

 

少なくとも現代の子供に英語を教えないという選択肢はないと僕は思う。

僕自身日本に戻っても英語は続けるし、将来は必ず海外で働くと決めている。

 

Googleの発展を待つということは、自分で人生を選択しないようなものだ。

 

未だにFAXが幅をきかせている日本を見れば、発展で語学学習者が駆逐されるのはまだまだ先のように思う。偉大な発明の片鱗が見えたからと言って、それが社会を必ず変えるというわけではない。普及までのハードルは特に高い。

 

英語学習は絶対にやるべきことの一つのように思う。