フロイドの狂気日記

いつ走り出すか誰も教えてくれなかった、お前はスタートの合図を聞き逃したんだ!

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政治クラスタは精神が不幸になるので離れよう

居酒屋で1人、カウンター席で飲んでいたら後ろの席の二人組の爺さんが政治談義に花を咲かせていた。両方70代以上で年金生活みたいなこと言うてた。

 

1人はおそらく左派的な考えの人で安倍政権や円安誘導を批判していて、孫たちのために世の中変わらなければならないとか大きい声で話していた。片方はもはや政治に関心ない感じでウンウン聞いていた。何故か左派的じいちゃんは相方を小馬鹿にしたりしていて、言っていることはいいけど友人ならウザイ系だなあと思った次第。多分2人は仲がよい。

 

マックのJKならぬ居酒屋のGGだが、なんだか聞いていてストレスフルだなあと思った。彼らの言うことはわからんでもないが、結局どうすりゃいいのよって思うようなことを繰り返していた。僕らにやることなんてせいぜい投票ぐらい。もっと進んだら党員になったりデモしたりなどがあるかも。だが政治談義って自分が参加しないで旗から聞いていたらこんなにも虚しいものなんかと感じ入ってしまった。

 

このブログでも政治系記事を書いたりしているが、客観的に見たら悲しいもんかもしれん。あまりにもビッグテーマすぎて僕の人生の意義にはつながらないしね。

 

大上段の議論はしてて楽しいが、ふと振り返るとソシャゲガチャぐらい意味のないもののような気がするし、ソシャゲガチャぐらいのストレス発散にはなる。だがソシャゲガチャと同じように、また乾くのだ。新しいイベントがやってくるように、政治談義は延々と続けられる。新ネタもやってくる。

 

だがあとに残るものは実のところ何もない。

 

だから雑記ブログ、思ったことを発散的に書くということをしてきたが、乾くばかりのトピックは書かないほうがいいかもしれない。

 

一方、安易な政治談義をリアルでしないために、ブログで発散しておくというのも一つのやり方だと思っていた。だが誰かに「ぼくのかんがえたさいきょうのせいじ」を言いたくなる精神が逆に高まるし、その度に批判するネタを探しては論じたくなって仕事にも読書にも手がつかなくなる。自分の範囲でどうにもできないことに時間を使うなんて世捨て人のやることさ。

 

そんなふうに気づいたので英語とプログラミングの勉強に精を出すべき。そうすべき。

 

そんなわけで政治クラスタっていうのはそれ自体が商売になっていない限りは人生の消耗にすぎないのだ。最近はポジティブな話題なんてないってわかりきっているしね。

 

禁煙ならぬ禁政治談義。

 

ダメゼッタイ

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