フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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「おっさん若者」がいるのではない「どうしようもないオッサン」があるだけだ

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面白そうな話題だなあと思って眺めていた。僕が思うにおっさん若者とはただ単に「一部分の能力が成長しなかったオッサン」なのではなかろうか。長いので「どうしようもないオッサン」とする。

 

何者かになろうとしている若者は尊大だ。失礼で傲慢さがにじみ出ていて、未熟で勢いのある存在。それは年齢も見た目も若いから許されるが、もしそんな状態が40代になっても続いていたらどうだろうか。

 

人が年齢を重ねる中で成長させなければならない能力というのがいくつかある。かなり重要なのが「人を不快にさせない」という能力、あるいはTPOとでも言うべきものだ。

 

セクハラ、パワハラは論外として言葉が足りない表現もダメ。体臭や身だしなみにも気をつける。そういった中に「結婚して子育てして社会的責任(リスク)を背負う」みたいなものがあるのだろう。

 

結婚して子育てしている同年代はどこか地盤があって落ち着いている人が多いように思う。地に足のついた魅力があるようにさえ見れる。実際には家庭にストレスを抱えて無理をしている人も少なくないが。

 

なぜ結婚して子育てをしているのが大人だと言われるのか。全員ではないものの気苦労をしている。リスクを背負っているというのが大きいかもしれない。彼らが全員とは言わないまでも、トラブルを抱え込まないために世間に対してはそれなりに気を使わざるを得ない。喧嘩腰や自分中心主義なようには見えないなどがある。

 

「結婚しているのは大人」というのは「TPOが守れる大人」という意味合いが大きい気がする。「あの人は不快にさせない人だ」とか表現すると角が立つので中々言えないので角が立たない表現としての「結婚していて家庭持ちのいい大人」みたいな言われ方をしているのではなかろうか。

 

今の時代には角が立つ表現になってしまっているが。

世間はリスクを背負って、自分勝手なわがままができない人を大人と呼んでいるに過ぎない。そして結婚もせず不健康な暮らしをして趣味に全部お金を使うような輩を警戒するのだ。

 

ようは「おっさん若者」を遠回しに非難するような人がいるとすれば、それは猿や猫が警戒信号を出しているようなものなのだ。僕のような結婚もせず背負うものがほとんどないオッサンはやっぱり警戒に値するし、それがもし攻撃的だったり差別発言をナチュラルにしたりセクハラするような輩ならもはや無敵の人であり恐怖の対象だ。

 

そういった人々を遠ざけたい世間の要請はなんとなくわかる。おっさん若者とはつまりどうしようもないオッサンのことを指しているのかもしれない。若くても落ち着いて尊大な態度を取らない若者もいる。ただでさえオッサン批判が強くなりつつある現代だが、特に旧タイプというか昭和型の「尊大、差別主義、セクハラ体質」という負の側面を持っている人は遠ざけられる。結婚して子供もいれば多少のリスクになるので堂々とはしないだろうという信頼が積めるというわけだ。

 

独身おじさんというだけで警戒される世の中だ。

僕のようなフラフラしているオッサンには生きづらい世の中になりつつあるということだろうか。