フロイドの狂気日記

いつ走り出すか誰も教えてくれなかった、お前はスタートの合図を聞き逃したんだ!

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文系の上に文系の良さもないと理解る時

ふいに昔を思い出した。

僕がまだ20代も中盤のころ、まだ正社員だったころだ。その時の現場のできる人から不意打ちのように聞かれた

「フロイドさんは大卒なの?」

いいえ、と僕は答えた

「専門卒?」

とさらに聞かれたから、いいえと答えた

「そっかー、やっぱ大卒の方が使えるよな」

 

その人は見た目もイケていて能力もあった。年はせいぜい2個上程度だったと思う。僕はその時どう考えても使えない社員で、一人前に仕事ができるとは言い難かった。その当時十二分にそれを意識していたし、その方に負担を相当かけていることを知っていた。だから何も言わなかった。 

 

その方は物腰も柔らかで、計画的でできる社員の見本のようなタイプだ。キツい言い方をするわけではないのに戦うときは戦える。僕が社長でもいずれ出世させるだろう。マネジメントができるタイプ技術職だからだ。

 

悪口なんか絶対に言わない人が、堂々とそのようなことを僕に言ったのだ。言い換えればお前は使えないというような表現を。忘れられないシーンだ。悔しいとかではなく、まさしく虚を突かれたという衝撃。あたりの優しい彼の復讐だったか、それとも疲れからか黒塗りの証言をしてしまったみたいな。

 

ソフトウェア開発の業界はコンピューターサイエンス(CS)の学位をもっているかどうかであからさまに実力が違う。一度CSの修士大阪大学で取った人と仕事をしたが、その方は今まで会ってきた中でも抜群の能力だった。おまけに5歳ぐらい下。これが本物か、と思ったほどだ。

 

仮にCSでなくても工学系の勉強や数学が得意な人達はプログラミングの習得やマシンについての理解が早いことがよくある。僕は10年もこの仕事に従事しているが、その中で自身を文系タイプだと勝手に思い、だから経験なりのことしかできないと諦めながら悪い意味で手を抜いて口を糊してきた。

 

このブログの記事数は500近くになってきたが、僕は文章を書くのが好きで、小説もそれなりに読んできたので大学の文系学部をでていないが自身を文系タイプだと思ってきたのだ。

 

だが最近、文系の良さ的なものを考えると、僕は良き文系でさえないのではないかと思い始めたのだ。文系スキルの定義を言うならば「数学や物理を学ばないで実現できるスキル」としている。例えば根回しやコミュニケーションは数学の参考書を完璧にマスターしてもできないわけよ。そういうのが文系の応用スキルだと思っているんだけど、要は僕はそれもできてないと。

 

文型スキルを極めると、人たらしとか根回し上手とかになれるんだけど、これらは映画とか小説とかをそれなりに見てきたにも関わらず、現実の僕は人望がないわけよ。友達も昔からの友達以外の付き合いがないし、基本1人が好きだしね。それは自分が選んだと主張したいところだが、文系スキルが低いおかげでそうなったんじゃないか、結果オーライだが、自惚れはよくないぜ、と。

 

伝記とかで偉い人達の挫折だとか、歴史上の有名な失敗者達を知ると、その知識を現実で応用効かせることぐらいしてもいいじゃん。だけど知識はあってもそんなこと僕はしないわけ。見事に愚者は経験から学ぶをやってのけている。知らないから失敗するなら勉強しろと言えるが、知っていて失敗するとか、得られる利益を得られないとかって愚か者中の愚か者ではないかな。

 

文系の学部を出ていなくても経験や元来の素質からそれをマスターしている人がいたりして、やっぱセンスって大事だわと思わされる。そういう人たちは「フワッとした状態をアクティブに保守する」みたいなことができるのだ。

 

白黒つけようとすると対立して時には利益を失うから敢えて決着をつけないとか。ヤバイ時は戦うがメンツを潰しすぎないとか。笑顔を武器にするとか、丁寧な喋り口調だとか、相手を選ぶだとか。

 

全部できねえもん。

わかっててもやりたくないからやらねえ。

絶対にやらねえ。

 

正社員時代は割と対立して嫌われたが、そんな僕の対応策としてフリーになってからは「フワッとした状態」はなるべく放置するみたいな方針を取っていて、対立はしないがそれで仕事を失ってもOKというスタンスでやっている。だからフリーになってから決定的な対立は免れつつも、フワッとした状態を放置しすぎて時間切れになったら、大抵「お前なにやってきたの、次は依頼しねえよ」てなるんだけど、僕としてもそういう、何もイニシアチブを取らないくせに阿吽の呼吸を求めるような輩の仕事は受けたくないので、なるべく地雷を中途半端に触らないで定時に帰れるような仕事をしているのだ。おまけに現場の人たちと密な関係にならないようにもして、そうすると密な関係じゃないから欠点を直球でぶつけられることもない。20そこそこの若者じゃないからやっぱ言いづらいよね。そんな仕事のやり方でも、IT業界は慢性的な人手不足で僕のような10年やってて言われなくてもある程度のことはできる人材というのは、3流でも有限という環境のおかげで飯を食えている。

 

そういう明らかに駄目な中年になりつつあるわけなんだが、それだからこのブログでも触れてきたようにコンピューターサイエンスの学位を取りに来年ロンドンの大学に行こうというわけだ。仕事中や家帰ってからシコシコと勉強する気力はそうないし寝たいし、サボりたい欲求だけはイッパシなので完全に環境の整ったとこで勉強に専念するぐらいしかこの状態を打破できねえわけ。

 

理系の学位とったら理系になるのか

 

今まで数学とかハマったことないし、科学より文学タイプだし、日本語の文章書くの好きだし継続できるし、SFよりは大衆小説読んできたわけで、僕は文系にカテゴライズされた男だと思ってきたけど、来年に行く大学はCS。立派な理系。なぜCSかというと、それ以外の学位では海外で働くのは狭き門だから。アメリカでさえCSの学位なら学部卒でもVISAが取れるというぐらいには不足しているのがプログラマなのだ。

 

そうなると今後僕ははてブでも評価の高い理系人間に名実ともになるんだが、なんか不思議じゃないか。今までは何者でもない高卒野郎として、割とナチュラルにため息もらったこともあるんだけど、今まで会ってきた誰よりも高学歴(予定)みたいになるのはおかしい気がする。

 

いや、そもそもお前まだ大学でてねえだろ、大学決まってもないだろっていうかもしれないんだけど、エージェントに受かる大学が出るまで付き合うみたいなサービスに依頼する予定なので成績と論文とIELTSで受かる大学に入ることはほぼ確定している。もちろんレベルの高低はあるが、僕は高校の成績が結構良かったので推薦文をちゃんとかけばそれなりのレベルの大学には行けるようだ。

 

まあ欧米の大学は入るのは比較的簡単だけど、学位を取るのがクソ難しいらしいのでまだまだわからないけれど、4年後アラフォーになった僕は、英語もできねえ極東の蛮族どもはヒャッハーしてろよみたいな態度になっていると思います。

 

僕は10年かけて色んな人に嫌われたりしながら学んだことといえば、文型的な情緒を理解して現実に落とし込み円滑に仕事したりパートナーを作ったりができないということなので、「ぼくは理系なんだ!偉いんだぞ!」と言える日を夢見て一発逆転をしようと画策しているんだ。

 

もしそれが叶わないなら、人間力もないし、金もらって現場に来ているのに1日仕事しないでブログ更新とかネットウォッチしている精神性を正当化できないし、40代になった頃にいよいよモノホンのラビッシュになっている自分を幻視するので、英語の勉強がんばります。