フロイドの狂気日記

いつ走り出すか誰も教えてくれなかった、お前はスタートの合図を聞き逃したんだ!

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マイナーブロガーの魅力

はてブロには読者登録機能がある。これでお気に入りブロガーの更新が履歴に表示され、中々便利であるし、増えればファンが増えたかのようにモチベーションが上がったりする人もりかもしれない。

 

ところで読者数ランキングというのがあって、読者数が多いブロガー順にまとめている人もいたりする。

 

はてなブログ読者数ランキング

 

これによるとはてブロで書いている人の1000人ほどが304人以上の読者数で、ほとんどはそれ以下ということになる。300人以上の読者を獲得しているのが1000人以下というのは多いように思うか少ないと思うかは人それぞれだろう。

 

ところでこの読者数というのは増えれば増えるだけPVが多いというわけでもなさそうだ。当ブログより読者数の多いブログが、月間PV XXXX達成という記事を見た時は、僕のブログの半分以下じゃねーかと驚いたことがある。

 

さらに読者登録をしてくださった方がどんなブログをしているかをチェックする時があるのだが、名前は忘れたあるブログは一切記事を書いていないにも関わらず、読者数が1000位内に入っているのを見つけたことがある。どうやらブログをたくさん読者登録すると、お礼とばかりに読者登録返しをする人が割といるらしい。これが互助会精神なのかと感心した。

 

「いかがでしたか?」で記事の最後を〆るブログはそういうタイプが多く、他人のブログや自分のブログコメントで積極的にコミュニケーションをとりやっていたりする。

 

はてブロ読者数ランキングを見ると、ある程度パターンが決まっている。

 

ネットウォッチ、社会派時事ネタ、貧困、精神病、料理グルメ、ミニマリスト、起業家や幹部、技術者、おもしろ記事、金がほしそうな子育てブログなどである。どのネタを中心に置くかはさておき割と意識高い系が上位ブログとして君臨している。最上位ブロガーはバズる人が多く、逆に300-500人ぐらいのブロガーは互助会的サークルが散見される。それをいいとか悪いとか言うつもりはない。

 

僕が思うに上位1000人に入れなくても、いや入れないブログだからこそ独自の文化圏を形成していることがあり、まるで懐かしのmixiのような雰囲気を醸し出していたりするのだ。そういうところでついているスター数が1記事あたり200とかだったりして、スターを付ける人もはてブでバズった記事にコメントつける人たちとはまるっきり違くて、なんだかエルフやホビットの里を見つけた気分になる。

 

コメントも丁寧で、互助会的な「参考になります!」みたいなものではなく、ちゃんと記事読んでコメントしているんだな、というのがわかる感想だったりする。こういう人里離れた山の中で平和に生きているブログもあるんだなあ、と最近では癒やしを求めて探したりする。見つけたらほっこりする。

 

そういう意味でははてブがバズって罵倒だらけになっているのは、一重に上位ブロガーと常連ブクマカー達の性格が悪いだけであって、意外と広大なはてブ生存権では平和に「ブログ」を楽しでいる人が多いのではないかと思う。

 

ちょうど日本の都市圏の人々が荒んでいるのに対して、田舎に行くとやたらおおらかでルーズだったりするのに似ているのかもしれない。

 

当ブログはあからさまにバズを狙いに行って、実際に結構なバズを飛ばすときが何度かあった。googleで分析すると明らかにそういう「狙った」記事にヒットがある。この記事を書いた時点で280人近い読者はおそらく今年中に300人を超えてはてブロ1000位内に入っていくのではないかと思う。多分だが読者数の割にPVは多いと思う。だてに500近く記事書いてない。

 

だが読者数がいくら増えたところで、このブログは都会色に染まってしまったようなもので(それは自分で望んだ結果だ)、このはてブ臭(ドブ)は抜けることがないだろう。

 

理論ぶって、大上段に構えて、大したことないのに知性ぶった空気感ははてブロ独特である。FacebookやNewspicksとも少し違った、穿った見方の汚らしい知性みたいなものが溢れている。もちろん僕も意識的にそれを出している。それが好きだからはてブロを選んでいるとも言える。

 

現実だと末期の大日本帝国の幹部会議とか、末期の左翼活動家集団とかがバズったときのはてブコメント欄と似ているんじゃないかと思う。

 

何にせよバズ記事とそのブクマ欄ばかりみていると性格が悪くなるし世間ずれするのでたまには読者数50とかの弱小ブログを探して見ると良いと思う。意外なほど素直に文章を書いていて自己顕示欲とかをまったく感じさせなかったりするので、本来のブログとはかくあるべきなのだろうと考えさせられる。