フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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独身おっさんになれば「力のインフレ」がないと死にたくなる

30代になると仕事もある程度こなせるようになり、旨い飯、旅行、買い物、イベント、女と一通りのことはこなしている人多い。それぞれの分野で最高のものを手にしたというわけではないだろう。


だけど世の中こんなもんか、と言えるぐらいの体験はしてしまう。
ここで道が分かれるのは子供がいるかどうかといったところだ。
子育てはしんどいので、その分岐に入るとそれ以外のことにコミットしづらくなる。


だが独身者はどうだろうか。
通常何の才もない人は、日々の単調な仕事をこなし、同じ場所に行き、同じような人たちと会い、同じ毎日を繰り返す。


そうして空いた時間にふと思う。この人生はどうなんだ、と。
世界を変えるために起業したり政治家になったり研究室にこもっている人にとっては道半ばかもしれない。
だが、普通の人にとっては余計なことを考えられる程度には暇だ。


新しいステージに行くしかない。つまり力のインフレである。
自分がプログラマをしているなら、より難しい技術に取り組む。
絵を描いているなら個展を開くとか。
庭いじりが趣味なら、家を買ってより大きい庭を造るとか。


そうやって力の及ぶ範囲を拡大していくしかない。
そうでもしないと暇すぎて、ワンパターンすぎて、考えなくてもいいことを考えるようになる。


ところが新しいことを挑戦すると、すぐにやってくるのが学習能力の上限値である。
基礎学力や熱意がそのまま成長につながるが、人生に退屈したおっさんの成長曲線は知れたもので、すぐに個々人の限界の壁にぶち当たる。そこを超えるために若者たちは泣き笑いをして、ある人はプロになったりするかもしれない。


だがおじさんは生活だけはできるので、すぐ「やーめたっ」ができるのだ。
僕の仕事はプログラミングだが、方向性をピボットさせてロボット作りに励んだっていいのだが、それは必要な知性のハードルも引き上げ、面白いとは言えない勉強もしないといけない。そこでようやく高度なロボットに取り掛かれるのだ。つまらないと思ってしまったことはすぐにやめることができる。少年のように夢中になれない。


家でiPadで絵を描くのと、個展を開くのは違う。個展を開くなら場所の確保や予算の計算などしたくないことをしないといけない。だがそのように自己の能力拡大をしていかないと不安さに襲われて辛くなる。


蕎麦を打ったり、小説を書いたり、キャバクラに通いつめたり、ギターを弾いたりするおじさん達は幸せだ。そこにワイアードインして十分に満足できたなら。だが僕は、例えばアニメを見たりした時に不意に思う。まだ10代とかの主人公が辿る青春はもはや訪れないことを。少なくとも深夜アニメ的なものは無理だ。それどころか20代のノリさえ無理だ。「ドライビングミスデイジー」とか「普通の人々」的な映画を見て、中年後の世界を感じるべきなのかもしれない。


あのノリはもう二度と戻らない。
少し前に久々に行ったラウンジの女の子は20歳で父親が38歳だった。
もはや女の子よりお父さんの方が年が近い。


そして我々には配慮が求められる。中年の男らしい思慮のある、分別のある態度。
3年前だったらぎりぎり許された若者のノリが、もう完全に世間がNoを言い出し始めたことを感じる。
家に帰って寝て起きてアルコールに浸かった臭いのする中年の男がもはやそのステージにいてはならないと知る。


せちがれえ!
次のステージ探しに行かないと、現実からパージされそうだ。