フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

PR

大事なのは実家がどこにあるかだろう

 
 
 
田舎の400万 VS 都会の1000万で話題になっているけど、親がどこに住んでいるかが一番重要だと思う。
 
例えば都会で生まれて親がいるのに田舎暮らしに憧れた結果、移住して年収400万の人と、もともと田舎生まれで同じ年収では雲泥の差がある。
 
親は良かれ悪かれ存在が大きい。例えば僕は大阪生まれ大阪育ちで両親は大阪にいる。姉に子供が生まれて大阪に住んでいるが、親がチャリンコで行って子育てのサポートをしている結果、姉の精神状態は結構ましだ。母がゴリゴリ料理や掃除をして帰る日がるあるから楽ができている。
 
子育て以外にももし両親が認知症になったり要介護になったとき、会社を辞めずに対応できるのもよい。
 
唐突に一人暮らしができなくなっても、とりあえず実家に戻れるというバッファはかなり役立つ。生まれ育った場所でよい収入を手に入れることができればQOLが上がりまくるし、貧困になっても頼れる場所がある。
 
人間一人の力だけで働き、貯金し、何があっても対応できるれば素晴らしい。だが何かあったとき、頼れる人がいないのは辛い。東京にはたくさんのイベントがある、というのは理解できるが、僕はそれが個人の豊かさにつながっているとは言い切れないじゃないか、と思う。たくさんの旨いレストランがあってもお金のある人以外はほとんど用はないはずだ。
 
僕は大阪生まれだけど、友人たちも平凡な年収だと居酒屋などに行くぐらいで、都会ならではのすごい旨いモノ、凝ったものを食べているのはほぼいない。そしてその辺のチェーン店は便利だが特別な価値があるものじゃない。
 
さらに数え切れぬライブハウスのようなものがあって、漫才、バンド、演劇とあるが僕はアンテナが低いので入ったことはほとんどない。ミスチルのライブやサマーソニックに行ったことはあるが1度きりだ。美術館も結構あるが、そう何度も行くようなものでもない。特別展示が興味深ければ行くがまあそんなもんだ。
 
世間一般の人はそんなにたくさんのアクティビティを楽しんでいるのだろうか。バンドや演劇好きならそりゃあ都会必須だろうが、そんなに行くものなん、と率直に思ってしまう。行きたいときに行けるのが幸福と言われればそうかもしれない。大体のイベントは取り揃えている大阪に住んでいても、毎日ヘビーな御堂筋の満員電車に乗らないでいいことの方が幸福に思える気がする。大阪からバイクで出て田舎に向かうのも一苦労。どこもかしこも混雑していて、気軽に大自然を楽しむって感じじゃない。よっしゃちょっと遠出するか、ぐらいの気合がいる。
 
飲む酒だって、どこにでもあるアサヒや氷結みたいなチューハイだし、観光地はたまに行くぐらいだし。
 
何より慣れってのは別に全然人生を幸福にしてくれない。都会には夢があるっていうのもそうなんだろうけど、ほとんどの人には関係ないというか、それ多数派じゃねえだろみたいなことを思う僕は擦り切れている。
 
まあ地方都市でボチボチ結婚して子供とそこそこの人生選べるぐらいがちょうどいいんでねえか、と思う。子育てとて単身で東京だと100%つらいと思う。おかんのバックアップがある姉も絶対しんどいだろうなあって思うぐらいだから、シングルマザーとかそりゃあつれえでしょ。
 
なので人生において大事なのは周りに何が溢れているかよりも、不幸に陥らない状態こそが重要なのではないか。
 
そこそこ仲が良くて過干渉しない、一文無しになったときに転がり込めるぐらいの家族関係。満員電車に揺られないでいい通勤方法や通勤時間。それ相応に近くにいる病院とか歯医者みたいなインフラ。
 
そう考えると都会とか田舎っていうより、不幸にならない環境であるかどうかの方がQOLに関わりそうだ。
 
チャンスだ美術館だライブだイベントだのと言えるのは若いころだけで、責任と仕事に追われるライフステージに入ると結局、「不幸になりにくさ」の方が重要。20代は都会で夢追っかけたりしてもいいかもね。
 
田舎の定義が、徳島市内レベルだったら不便しなさそう。人口何千人の村とかだと、田舎ではなく滅びゆく消滅地域と呼んだ方がいい場所なので、比べるまでもないし、住んでもどうせ将来消える。
 
個人的に満員電車に毎日揺られる生活は、周りに何が溢れてても不幸だと思う。週末イベント参加するだけでストレス帳尻できねえだろお、さすがに。
 
そんなわけで家族がいる大阪から出られないでいる。