フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

PR

貧困者を排除したくなった時、お前もまた排除されようとしているのだ

PR

生活保護が嫌いな医療従事者達へ|木村映里|note

 

考えさせられる。

 

実質賃金が下落し続ける中で、働けど貧困な時代において、働かずにお金をもらえる生活保護を疎ましく思う人もいるんだろう。金がたくさんある人にとっては、生活保護がたくさんいるかどうかはあまり関心がない。

 

貧者と接する人々、貧者と収入が変わらない人々にとっては少しの差が嫉妬や軽蔑の対象になる。働いても貧乏なら、働かずに貧乏の方がいいと思う人もいる。働きづめの医者から見れば働かない人に奉仕させられていると解釈しても仕方ないかもしれない。

 

経済成長はもはやない。いくらかの国家レベルの選択肢があっても、国全体の意識の統合は不可能だ。何らかの熱狂があれば、国家は突き進むが、そのようなカリスマが現れる気配もない。少しずつ対処療法的な政策を執り行って、少しずつの衰退。

 

となると将来貧困は増え続ける。切り詰められる税金に削減される福祉インフラ。あいつだけが得をしているという不平、人間的な感情は抑えようがない。フランスではこの度イエローベストを着た人々が凱旋門前に集結してガソリン税の値上げをやめろと気勢を上げた。マクロン大統領は減税と最低賃金の上昇で事態を収拾しようとした。(のちにインタビューで現状の税収では不可能と否定したが、はたして)

 

この政府への意思表示に対して、日本も見習えという意見と同じくらい、こんな暴徒どもが代弁者のように振舞っていいのかという意見も見られた。

 

だが貧者たちが意思表示をしたり福祉を求める時に、それらを腐したり排除したくなったら、その排除対象は次にあなたの番となる。生活保護の無償医療がなくなった時、声を上げなかったなら、次は金払いの悪い人々の医療が削減されるだろう。最下層があらかた消えたら、次の最下層が生まれる。次から次へと最下層のハードルが上がっていく。少ない税金と増える福祉予算であればなおさら。国債を年に50兆円ずつ発行できるならまだマシかもしれない。僕はどこかで限界が来るかと思っているが、限界がきて国債発行額を縮小し始めたら、絶望以外にない。

 

じゃあどうすればいいかというと、平等性だと思うんだよな。

 

80歳以上の苦痛緩和以外の治療は全て自己負担にするとかどうだろう。

 

平均寿命以上生きたなら、延命も抗がん剤もなしで苦痛のない死に方を模索する期間として金持ちも貧乏人も平等に死への準備をしてもらう。大金持ちは自費でなんとかするだろうがそれは仕方がない。大金持ちが保険負担で治療するよりは、金を消費してもらう方がいいに決まっている。

 

今は「なんであいつばっかり」とか「だらしがないやつは死ね」みたいな意見が出すぎている。透析患者の治療を辞めろと言った人のように、病気ごとの判断になると難しい上に批判があり、同じ病気でも遺伝と生活習慣の問題があり、生活習慣には貧困との関連性が高い。だから寿命で判断する。長寿をありがたがる風潮もよすべきだ。うちのばあちゃんも90歳を超えてきたが、明日死んでも、来年死んでも納得のあるところまでは生きた。ひ孫まで見れたし。

 

健康ならもっと長生きしてくれと思うが、税負担を延々としてまで生きてくれとは願わない。死んだ爺ちゃんも100歳近くまで生きて老衰で死んだが、最後の何年間は話すことも起き上がることもできずに過ごした。

 

母は父親が好きだったから定期的に見舞いにも行っていたが、コミュニケーションもほぼ取れない爺さんがベッドをずっと占有しているのはどうなんだ、と思っていた。僕自身そうなったらさっさと安楽死させてほしいと思う。そうまでして生きる必要性なんてないだろう。

 

貧困者を憎まず、長寿への治療抑制はできないものか。僕は子供たちの教育費は削るぐらいなら超高齢者の医療費抑制を頼むよ。現役世代の貧困や病人を区別すべきではないが、80、90を超えたら高額医療を施してまで生かさなけりゃならんかね。十分生きたではないだろうか。

 

税金が有限なら超高齢者の保健適用をなくすべき。

ただし、痛みの緩和治療については保険適用すべきだとは思うが。

痛みで苦しむのはかわいそうだ。