フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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平成世代の老後がかなり詰んでいる

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僕は昭和末期生まれだが、記憶にあるのは平成の生活のみだ。僕の母も父も昭和中期から日本の史上最大の成長と隆盛を目撃した証人である。1970年代に思春期、1980年代に労働と結婚、1990年代以降を子育てに費やすという、恐らく日本史上最も恵まれた人々だ。戦争も経験せず、長期的な好景気、科学の発展、文化隆興とまあここまで全盛期を体験できるのも珍しい。

 

そんな両親も年金をもらう年齢になった。年金は早めに受け取るか、繰り越すかで選べるようになっているが母はもう受け取り始めている。僕らが70歳からもらえるようになるかどうかという時代に60歳にして年金暮らしだ。

 

幸か不幸か僕の両親は両方とも長寿家系で、どちらの祖父母も90歳を超えてきている。おそらく僕の両親も普通に暮らせば長生きだろう。問題なのは認知症になったりすることだが、心配しても仕方ない。

 

僕の両親は僕らが成人してから数年後に別居し始めた。子育てをエンジンに労働をして夫婦の不和を乗り越えてきたが、子供立ちが全員一人暮らしを始めると夫婦間で我慢の必要などなくなってしまった。離婚こそしていないが事実上の離婚である。

 

父は昭和の男とは程遠く、酒は少々飲むが博打は打たず、女は買わず、タバコも吸わず、ずいぶんと無欲な男だ。それは今も同じで、読書と少しの国内旅行ができればそれで満足という金のかからない男だ。だからあまり働きたがらない。

 

苛烈な母が子育てのための収入を確保するため背中を押し続けた。それで子供は育った。だが子供が一人立ちすれば、いちいち怒り続ける必要はない。それに疲れたお互いは気楽に生きている。

 

が、収入である。ただでさえ働きたがらない父は本当に最低限しか稼がなくなり、母は僕が提供するお金と年金でこれまたほぼノー労働で暮らしている。昨今では生涯現役だのなんだのと話題になっているが、60を超えると途端にやる気のなくなる僕の両親のような例もある。僕は高齢者になった時の、病態であったり判断力の低下であったりを間近で見ることになり、日本の全盛期世代でこの労働モチベーションの低下なら、僕らの世代なんてただ飢えないために働くだけのマシーンになってそうだ。

 

働いてしょぼい時給なぐらいなら、ほどほどに働きたくないということなのだろう。だがそういう生活態度を見ていると、子供たちはイラっとしている。家はあるが、いつ何時倒れるかわからないのだから、節制しながら少しでも働いていただきたいのだが、それさえしないでいる。

 

子供たちで相談して、そろそろ両親の老後の面倒というか死ぬまでどうやって過ごさせるかを考えている。ぶっちゃけ認知症患者の面倒を見れるような余裕は子供たちにだってないのだ。その時にそれなりの蓄えがないとあっという間に一家離散である。

 

病気でさっくり死んでしまうなら苦労はしない。今はいいけど蓄えも十分な年金もないという状況で、一歩間違えれば詰みというのはハードだ。こういう家庭は多いのではないか。不健康な長生きほど恐ろしいものはない。だが、僕の両親はまだマシだ。自宅があり、支えようとする子供がいる。

 

だが僕の世代は年金も先送り、税金は上がり、収入は激減している。僕らが50代、60代になるときにまとまった金や収入源がないと、そもそも老体を抱えて生きていくことさえできないのではないか。僕に関して言えば面倒を見てくれる子供もいないしね。

 

20代のころはリアリティがなかったが、ついに老後が現実に迫ってきている。クソみたいな時代だぜ。長寿なんてろくでもねえわ。