フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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働き方改革って自由にクビにできる権限ないと無理じゃねって

note.mu

たまに飲みに行く友人が長らく務めている会社は零細企業だ。だがそれでも長く居れば必然的にマネジメント要素が仕事にででくる。新人が来れば必然的に教育係になる。近年の人手不足は零細にもろに直撃しているらしく、来る人来る人ヤベエ人材なんだそうだ。端的に言えば、何度も同じミスを繰り返す、ミスった仕事ややってない仕事を隠蔽する、報告を簡潔にできない、などだ。

 

新人なら懐の深さで成長を待てるが、これが40歳を超えていると辛い。テクニカルな話ではなく、単純に最低限のビジネススキルがないというものだ。ミスをしても1度2度なら許せるかもしれないが、できない人というのは同じミスを何でするかを考え対策を取らないようだ。簡単に言えばルーティン化する、パターンを作るなどで対応するところをせず、失敗は他人に押しつけ(ざるをえない)て、そして忘れてしまう。

 

せめて早め早めのヘルプサインを出してくれれば良いのだが、それもしない。友人は僕と違って叱ることができるので、それに恐怖すれば同じミスを繰り返さないように対応しようとするはずだが、全くそのような素振りをみせないようだ。「怒ってもだめ、放置してもだめ、教えても忘れる。一体どうすればいいんだ、ストレスで肌が荒れる」と愚痴る友に僕は「それが嫌で会社勤めを辞めたんだよ」というしかない。実際問題使えない人がプロジェクトの重荷になっていて、その尻ぬぐいをさせられるくらいなら逃げる一択である。嫌な管理職、使えないオジサン、技術的進歩のない仕事。全部から逃げてきて今があるので、管理職にアドバイスできることがない。

 

僕の参加するプロジェクトにも怒るPMがいるが、あまりにも部下の能力がなさすぎてお手上げという場合、管理職はどうすればいいのだろうか。20代の新人君なら成長させられない責任を問われるかもしれないが、やはり世の中には動かざること山のごとしな中年も多数いる。へそ曲げられても仕事にならず、全部を自分でやるのは時間が足りない。カーネギーならどうやって人を動かすというのだろう。

 

今日も近くの席で作業している人が、設計担当者に質問されている。

「どうしてこの画面はレスポンスが遅いんだろう?1分も2分もかかるような処理じゃないはずなんだけど。無限ループでもしているのか。」

「重い処理があるみたいなんですが、そうでもないと思うんですけどねー。なんででしょうかねえ。」と自分で作ったプログラムなのにあいまいな返事をする。

 

おやおや。それぞれ違う会社所属という間柄、関係性に上下はない。だから設計担当も強くは言わないが苛立っているだろうな、というのはわかる。彼らとて結合試験をせねばならんが、露骨な不具合がある以上、単体テスト時点で直して確認してもらわねばならぬ。そのプログラマはループ処理の削減を考えるだけの能力がないのだろう。明らかにできないのだから、強くいっても無意味だ。ところが納期はあり、他の人たちも余裕はない(本来彼の仕事を僕がやっている、やれやれ)。その人が始末するしかない。爆発したら、エンドユーザーに謝罪してできる人たちに正式に地雷処理の工数を取るしかない。

 

デキない作業員も辛いかもしれないが、管理するPMも辛い。こういう時、働き方改革で早く家に帰りましょうなんて誰ができるんだろうか。この場合できない人がいるという前提で工数を取るべきなのだろうが、ビジネスはプロ同士の契約、その分安くするんですか、と言われれば困る。あくまで相場の納期で割り出すのが関の山だし、信頼を得るには相場よりもちょっと早い、相場よりもちょっとハイクオリティという結果を下請け企業は求められる。

 

いずれにせよ相場の予算を取っているなら、相場以下の人には去ってもらうしかない。IT業界は比較的それができるかもしれない。キャバクラのごとくチェンジを要望することはできる。相手が下請けならば。だが他の業種でおまけに正社員となると一方的にクビにはできない。

 

冒頭の友人の会社のように、物理的な時間がかかる場合、人を増やすか残業をするかしか選びようがない。人を増やすとしても、そもそもができない人を社内に保持し続ける必要なんてない。追加で一人雇うにしても、使えない人を切って、二人雇った方が希望があるんじゃないか。というか、使えない人をクビにして普通以上のレベルを引けるようにチャレンジした方がコストがかからないのではないか。という残酷な結論が頭をもたげる。

 

世間では無茶な納期だ仕様変更だので修羅場と化す現場もあるが、働き方改革を妨げるのはそれだけではない。どんな会社にも使えない人々がいて、常に人の半分くらいしか実績を出せない人たちがいる。それらの平均を取って見積と工数と納期を考えてもうまくいかずないって時がある。零細はそれが致命的だ。一人でも使えないと、誰かがその負担を強いられる。どれだけ効率化しようとも、時間を食う作業はある。

 

友は言う。

「尻ぬぐいで無償残業するぐらいなら、奴の首を切ってその給料を追加すれば自分でやるよ。給料さえくれれば残業して倍働いてもいい」

 

まあそうだろうな、とうなずいた。

 

だが俊英な読者ならお気づきだろう。

「使えないのを雇ってしまう目利きできない社長が悪い」

「アホでもやっていけるような体制にできない社長が悪い」

経営者を非難する理由は山ほど出せる。

 

だがそのような改革をできる企業だらけになったら、そもそもつかえない人は社会にあぶれるということだ。門前払いか、クビか。働き方改革で効率化ってのは、出来損ないをどのようにパージするかということに頭を使って、なるべく少数精鋭で自動化していって利益を高く取りましょうというだけの話である。

 

一人当たりの生産性を高くするということは、高くできない人たちの削減であり、今の経営体制がクソまみれだと叫ぶなら、経営者がそれに答えたとき新システムにマイグレートできる人材になることを強制されるということでもある。

 

時代に置いてかれる人達をクビにできないんだったら、効率化って無理じゃねえかって思うし、効率化した生産性高い世界が実現した社会では適応不能者は消え失せるんだろう。

 

だが幸か不幸か、日本は働き方改革は不可能だろう。

だから出来損ないは怒鳴られながら生きていける。