フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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日本に「大人の男」などはいない

日本の有名人が浮気をすると凄まじいバッシングが始まる。そもそも浮気はダメというのはいつからが始まりなのだろうと考えると、戦後徐々にというのが正解ではなかろうか。日本の古くからの文化で言えば一夫多妻制であり、浮気もくそも気に入った女性の面倒を見れるならば、複数娶る文化だ。農村に限っては良く知らないが、昔話に出てくる農家の人は一夫一婦制の子だくさんな気がする。

 

明治時代の小説を読めば、私生児、女中、内縁の嫁、妾などがたくさん出てくるので、嫁以外にも女性をキープするのは一つの文化であったようだ。いずれにしても成功者は複数の女性を保有してよい、というのが日本の合意だったのだろう。今でもその文化は継承されていて、日本男児は風俗に行く男性を咎めたりはしないし、キャバクラでお酌をする女性は山のようにいるし、政治家もお気に入りの高級クラブに通ういう話をよく聞く。

 

ところが芸能人は許されない。まあこれは、浮気は良くないという「社会正義」をもっていくらでも叩きのめせるという錦の御旗を手に入れた日本人らしい行動ではあるのだろうが。そもそも浮気は良くないという文化はどのように生まれたかというと、英国・米国の文化の影響である。

 

欧米とひとくくりにしても、フランス、イタリアなどのラテン国家とイギリス、北欧、ドイツなどのジャガイモ国家とは違っている。日本は明治維新自体当時のイギリスの影響をふんだんに受けている。日本が左車線なのもイギリスの影響だ。

 

ロミオとジュリエットからして純愛戯曲であるが、アングロサクソン国家は意外なほど純愛国家だ。「赤と黒」などのスタンダールを生み出したフランスとは違っている。国家元首が愛人をかこっていても支持率には影響しないのがラテンヨーロッパだったりするが、日本はそれらを手本としてはいない。(フランスからの影響は多少あるが)

 

戦後はイギリスの継承国家であるアメリカの影響が色濃く、アメリカ人は性に奔放ではるが(マジで)地位の高い人たちが浮気をしたり、日本のように風俗狂いなどということは許されない。そういう意味では米英は階級社会であると言える。下層階級が狂っていても問題はないのだ。

 

米英ではそれなりの地位にいる人にはそれ相応の人生マナーのようなものが課せられる。かなり違いがあるが、家族は大事にするとか、子供との時間を取るみたいなのはアメリカでは標準的だ。露骨な差別発言の禁止と、下品な下層階級分化の一部は受けられない。例えばストリップクラブ通いとか。ジェレミー・コービンが労働者階級と行進しても称賛されるが、ストリップ通いをすればスキャンダルになるだろう。

 

この前、コービンは英国議会で「Stupid Woman(愚かな女)」と呟いたかもしれないと指摘されたことで大炎上していた。公式な発言ではないため、言った言わないの争いになり本人は否定したため鎮火されていった。それぐらい上位層の人間と下層文化は違っている。日本の議員ではそこまで言葉に気をつけないだろう。

 

日本は彼らの影響を受けているため、表面上は女性の権利尊重がルール化されているが、長年の歴史で考えれば保有品だったため、その文化的ジレンマに悩まされている。芸能人が公式な浮気をすると問題だが、事実上の接待奴隷の風俗嬢やクラブ女たちに金を払って偉そうにするのは問題ないとされる。皆見て見ぬふりをしている。

 

現実の普通の女性たちは、旦那が風俗に行くなんてありえないとキレていたりもするが、日本では商売女は「人権を保有した女性ではない」というような2重基準でいるので、微妙な一貫性のなさが世間にはある。

 

例えば普通の会社の事務員に、社長の隣でお酒を注ぐことを仕事の一つと規定すれば非難されるだろう。だがお酌をするのが専門のキャバクラは存在する。金を払ってお酌をするというのは、会社規定にしても、キャバクラにしてもあまり変わらない気がするが、「専用」ならOKそれ以外はダメみたいな見えざる設定がある。風俗店舗運営は黙認されているが、会社内に性接待用意を正式に用意することはアウトなのだ。もちろん風営法があって手続きの違いはあるが、社会通念としては何ら変わらないはずだ。だが片方はOK、もう片方はアウトというのは摩訶不思議な2重基準ではなかろうか。

 

日本人はこのダブルシンクをうまく処理できる反面、一貫性の維持はすこぶる苦手だ。そのため風俗接待要因を保有していることは中々報道されないが、ガチ恋浮気は徹底して叩かれるし、パパラッチもそれらの報道を狙っている。妻子持ち芸能人が他の芸能人と浮気することは許されない、しかしそれが風俗嬢の性処理だったら、そういうこともある程度あるだろうの認識でいられる。これは所詮は妾、というような文化のなごりかもしれない。正式な立場を奪わないだろうオプションの女はまるで人権がないかのように扱われる。

 

そういう文化でやってきているもんだから、英米基準の立場ある「大人の男」は存在しない。その点で、日本の権力者の標準であるようなドナルド・トランプが米国トップの地位を得たのは画期的な出来事ではあるが例外中の例外である。日本ではそれなりに地位のある男は、どちらかといえば古来からの日本的文化を継承してこっそり妾のような女性を保持する。世間は、金持ちってそんなもんじゃない、となぜかみんな納得している。そのため女性は「人権を持つ女」と「男の嗜好品女」にすっかり分かれている。金を払えば奴隷保有もOKというを社会が黙認しているのは不思議だな、と思う。

 

社会ルールや空気は英米的な価値観にドンドン染まっているが、一方で社会の頂点から下位層にいたるまで日本的な価値観をガンとして捨てないだろうな、ということも確信できるのだ。