フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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なぜ日本の成功者は大日本帝国の将校みたくなるのか

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ZOZOの奇妙な暴言、自ら進んで失望売りを誘う前澤友作 : 市況かぶ全力2階建

志らく、児相の人不足指摘コメントに「数じゃない、心の問題」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

 

僕はいつだって青年将校みたいな無茶な連中は、昭和の団塊世代なんかで終わりだろう、古い年寄りだからだろうと思ってきた。ところがどうにもそうじゃないかもしれない。日本ってのは西洋人の合理性というのが身につかない、「気合と根性」スタイルがDNAに刻まれているんじゃないかと考えを改めるようになった。

 

お年玉ばら撒きした時は、宣伝なんだろうと割り切ることもできたが、ZOZOの前澤氏は、最初からセールしろ、原価はこんなに安いぞ、とtweetし始めた。バスキアの画用紙と色素材だけの絵に億の金を出す男が、原価などと言い出した。しかも、その原価にはデザイン料などは入っていない。子供が虐待死した件では、児相の人手不足に数の問題ではないと突っぱねる落語かが現れたり。

 

ZOZO前澤氏は40代、志らく氏は50代。僕は60代以上なら21世紀にフィットしなくても仕方がないと勝手に偏見で考えていたが、どうも芸能界にも成功者にも道理も筋も通らない理屈が好みの人が比較的若年層にもいるらしい。

 

あ、ダメだなこりゃ。と思った。うまくいかなくなった時、自分のコントロールのまずさを呪うのでなく、社会の大きな仕組みを考えるのでなく、他の奴らに丸投げする精神。リソースなしで特攻しないやつが悪いと言える精神。

 

なんなんだ、この呪いは。日本男児ってのはそういうものなのか。日本で成長するとそんな男になって、司令官は俺だが下が悪い、相手が悪いと、そんな言わんでもいいことを言って顰蹙を買うようになるのか。心に思っていてもいいが、それを口に出して何の得があるんだ。やっぱスカッとジャパン的な要素があってバカ受けしてたりするのか。

 

ここで一つ謙虚になって、知恵を絞って、とやるのでなく、炎上したろ!の精神はどこから出てくるのか。いや、炎上しないと思っているから言えることなのかもしれない。支持者が山ほどいると、それ以外の敵や無関係な人までも無条件で支持してくれると思うようになるものかもしれない。

 

自己責任主義者、無慈悲な成功者は欧米にもいる。だが欧米の成功者は自分の会社や組織の不興を下っ端や同業他社の責任にはしない。下を管理し、敵を倒すのが司令官の仕事。組織の失敗は自分の失敗とみなされるから、口が裂けても責任転嫁はできない。だって恥をさらすはめになるからだ。そのために権限は十分もたされる。

 

日本は上に行けば行くほど、自分は間違っていない、手を組まない連中が悪い、下っ端の作業員が悪い、社会が悪いとくだをまき始める。成功者になった自分は間違わないとでも言いたげだ。真逆にアメリカの一流経営者は、どれだけ成功しても10年後自分たちがいなくなる可能性があると発破をかける。日本のいかなる企業も真似できないほどの売り上げを持っていても、油断しないで優秀な人を吸収し続ける。誰かひとりの責任や根性論などを持ち出さない。十分な資源を投下してそれでも失敗した場合、誰かの責任ではなく、そのような状況に陥ったシステムの欠陥を探さねばならぬ。司令官も副官もそうならぬように目を光らせる。

 

ZOZOからアパレルがいなくなるのも、児相不足も本質は同じだ。司令塔になっている連中の管理しているシステムや資源分配に問題があるというだけなのだ。それがどこにあるのかを見つけてつぶすのが「上」の仕事で下っ端や社会や文化や他人に文句を言っても解決はしない。支持者でリンチしてやろうと画策しても問題は解決しない。

 

日本で育つと、成功者はチヤホヤされすぎるようだ。自分の責務とプライドを忘れて責任転嫁をする。誰も責め立てるひとはいない。企業はすでにそうなっているが、アメリカの一流どころに全滅させられるのだろう。政治については、福祉予算の削減で死屍累々の日本社会になるのだろう。

 

それでも僕は神妙な顔で文を書き屍になる日を待つとしよう。

だって声を上げるなんて恥ずかしいんだもの!