フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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男女平等を目指すために男が女に金を払うのをやめろ

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茶店でコーヒー飲みながらkindleを読むのが好きだ。さっき話題のファクトフルネスを読み終えた。今日読み切ってしまおうと思って喫茶店に気合を入れて入った。しばらくしてカップルか友達らしき男女が入ってきて、僕の真横の席についた。音楽を聴いたりすると読書に集中できないためイヤホンはしていない。だから彼らが話す言葉が耳に入ってくる。

 

少し前から話題の小室圭氏とやんごとなき方のゴシップについてだった。

小室圭さん母の元婚約者が激白「小室さん親子が私に突きつけた手紙」(週刊現代) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

 

「俺ね、小室圭の母親の元恋人がキレる理由わかるんだよな。お金についてこだわっているわけじゃなくって、感謝の気持ちとかの表現が足りなかったんだと思うんだよね。支援してくれて本当にありがとうって元婚約者に伝わっていなかったから、今になってイラっと来たんじゃないかって」

男がそういうと、女の方が

「はぁー?そん時付き合ってて金渡したのは納得の上で渡してんだから、終わったあとにグチグチいうなや。男のくせに。気持ち悪い」

とドストライクに言う。

 

そういうと男が似たようなことを繰り替えしいう。というのを延々と繰り返していて「お前ら他に話題がないのかよ」と思った。あまりにも同じことを言うもんだからAirpodsを耳につけて音楽を流した。そこからファクトフルネスを読み終えてお会計するために音楽を止めてもまだ同じこと話してた。ちょっとやべえなこいつらと思った。女の方が明らかに違う話題をしたがっているけど、男の言い分にほんの少しも理解を示さない女をなんとしても説得しようという男のうざさと、女のヒステリック気味の言い方がもはやお前ら憎しみあっているだろ、と思わなくもなかった。

 

男の解釈も女の解釈も理解ができないこともない。男の解釈は、与えたお金の額にこだわっているのではなく、端的に感謝や愛情の不足が原因でこじれたのだろうという。

 

わからなくもない。400万を出すというのは余程の金持ちでないと簡単にはいかない。所詮は想像だが、男はきっと特別な関係だからと思って大金を提供した。が、結局のところそれは幻想だった。男は特別だと思う女性を見つけたら、それに永続性を期待するし忘れない。俗にいう「男は名前を付けて保存女は上書き保存」というやつか。きっと名前を付けて保存した女の息子が皇室に行くと聞いて復讐心が囁いたのだろうかもしれない。

 

女の主張もわかりやすい。付き合ってた時金を渡したのはそいつの責任というドライさである。まあそうだろうな。その時はそれで納得したんだから、捨てたものと思うべき、というのは金の扱いとして基本である。

 

なぜこうも揉めるか、というのは、金がそれだけ重いからだ。掃いて捨てるほど持っている人ならいいが、そうでない人にとって非常に重い。元婚約者が金を渡すとき、それは特別な愛情と引き換えだったかもしれない。それが別れててしまえばどうだろう、期間限定のキャバクラだったかのように思え始める。もったいないことをしたな、と考えてその時の判断を呪うかもしれない。関係が続いている間は返せとは言わないだろうが、終わればあの金で何が買えたかなどと思ってしまったり。

 

一方で女にとって分け与えられた金は天から降ってきたもの、別に借用書がなければ借金ではないし、尊厳と引き換えのものではない。関係が終わればそれまでだ。実際にさんざん貢いで支援したのに、挨拶の一つもないと憤っている。これは金額だけでなくプライドの問題なのだろう。

 

僕はこの問題に日本の男女関係と不平等の根深さがあると思う。北欧社会のように男女とも別財布、依存しない、共働き、そういう社会になった方がよろしいと思った。シングルマザーが子育てとなると金銭的に厳しい。それをなんとかして捻出するのは現代日本では不可能だ。必然的に色で男に出させるとなる。彼女らは不本意にも誰か寄生先を見つけねば貧乏暮らし、子供をまともに大学に行かせることもできない。息子のための付き合いと割り切った関係のように見えるが、それを受け入れてしまった元婚約者は哀れだ。

 

そもそも子育てインフラが整っていて、社会福祉に頼れる社会であれば、男に金を無心する必要などなかっただろう。男も稼いだ金を自分で使って、与えた女を恨むこともなかっただろう。

 

男女関係において金を通した依存は厳禁だ。金は払った方が強くなりすぎる。だから別れても後腐れのないようにお互いのことはお互いで面倒を見る。子育ては福祉でやる。そういう社会になれば、あのとき貢ぎすぎたと後悔することもなく、男がグタグタ言うなと差別が蔓延することもない。

 

僕は今まで専業主婦や男の奢り文化に寛容だったし、女に飯を出させることは嫌だったがそういう文化はお互いにとって良くないのかもしれない。ロンドンで語学学校に知り合いになった台湾のリーちゃんはどんなことがあっても絶対に割り勘をするという意地を見せていた。その時は随分かたくなだな、と思ったが、本来それが正しい姿勢なのだろう。

 

この奢り文化や貢ぎ文化があるから、小室圭氏は皇室のお嬢と婚約がうまくいかなかったのだ。男に頼った母親の息子で、元婚約者の金で学生生活を送ったがゆえの不幸だ。東アジア文化が悪いわけではないと思ってきたが、やっぱり現代社会ではフィットしないかもしれない。そう考えると北欧型福祉社会というのは見習うところが多いのではないかと思った。