フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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ブログというノーコストの成績書

狂気の国のメリー年度末 - megamouthの葬列

 

ずいぶんと丁寧な引用だったのでフフッとなった。僕のブログは時折引用されるが、基本的にリアクションを取らない。というかブログにコメントが書き込まれてもリアクションを取らない。というのは、馴れ合いをしている姿を見るのは誰しも嫌なのではないか?という考えがあるからだ。

 

これはブログ活動もそうだが、普段の飲み屋とかでマスターと特別仲が良いと思われる客がやってきて、僕の存在なんてないがごとく話し始めたりすると、それだけで座りが悪くなる。疎外感を感じる、というべきだろうか。だから小さな店で常連だらけみたいな場所には近づかない。ブログをそのような場所にしている人達も散見されるが、そうなるとバズった時だけチェックすれば良いか、という風に思う。有用な情報を発信しているか、面白いか、というのを上回る囲いと馴れ合いのやり取りは見ている方がつらい。そんな性質があるので僕はアイドルの追っかけをして全力を出している人たちがすごいなあと思ったり、逆にガチアピール合戦になっているところに割り込んでやろうという気にもならないのだ。それは自分の基準を失うことだ。

 

ブログというのはある程度フリーコンテンツみたいな部分があると思っていて、全文無断転載でアフィ稼ぎなどでない限りは、誰に引用されてコメントされても仕方ないのではないかと思っている。例えそれが罵倒であったりしても仕方ないし、理不尽な誤読をされてもしゃーないぐらいの価値観だ。逆に同調のリアクションを取られても、何という顔をしたら良いのかわからなくなるだけである。なので自由にしてくれれば良いのだ。文句は言うまい。どうしてもそれが嫌なら、それこそ部屋で日記でもつければよいのだから。

 

僕だって同じように、誰に許可ももらわずに引用したりすることはある。当然引用元に対して何らかの配慮というのはほとんど考えていない。書かれてある内容をコンテンツとして消費する形になる。そんなわけで同じことを自分がされても文句はいうまい。

 

コメントに返事をしないのは、平等性のためである。一人にリアクションしたのに、こっちにはしないのか、と思われるのもどうかと思うし、今はコメントが稀だけれど今後増えたりバズった結果尋常じゃないリアクションを受ける可能性も無きにしも非ず。都合のいいコメントだけに返答をしているぞ、とか、良いリアクションだけ引用しているご都合主義と呼ばれたりしても辛い。かといってすべてにリアクションを取るのは疲れる。だから一貫してリアクションを取らない、というスタイルは非常に楽である。

 

学びがあったり、ねぎらいの意味を込めてスターをつけることはある。1つだと寂しい、5つは多すぎる、偶数は見た感じのバランスが悪い、だから3つ。常に3つだ。僕がつける時は、という意味であって、読者がスターをつける基準はそれぞれで持てばよろしい。僕が4スターをつけた記事があったとしたらタップしすぎたのだろう。面倒だから消し方なんぞ調べないし。

 

全く今回のタイトルに触れずにグタグタと書いたが、最近書いた記事でリアクションが多かったので学びがあった。ブログを実直に書くというのがいかに素晴らしいか、という再確認だ。僕らはリアルな人間関係に非常にコストを支払う。愚痴を言うと、リアルな知人に心配されたり、愚痴の多いやつだな、とうんざりさせたりするかもしれない。

 

だがブログで実直に愚痴を書いても、誰かが違う視点のコメントをしてくることがある。それはとても学びなのだ。理不尽な一言コメントであろうとも、つまりそう書きたくなる内容だった、ということだ。僕は理不尽なコメントだろうと気にすることはないが、レスバトルをしたくないのでTwitterのアルファになりたいとは思わない。ブログスタイルだ。ブログは独演会の会場に近いので、自分を中心にできる。twitterのように土俵での取り組みとは違っている。おかげでお互いを知りもしない人からどう思われるか、ということを知ることができる。

 

なんにせよ、ブログで愚痴を書く、意見を書くと、リアル関係でコストを支払わずにリアクションが可視化されたり、気づきを得たりできるから最高だ。普段僕の記事を何でもかんでも読んでいる奇特な人以外は、大抵興味のあるタイトルに惹かれてやってきて、僕の人生の文脈など知りはしないから、当然その記事に対してのみコメントする。それこそが赤の他人からの、意見評価・成績書なのだ。

 

もし最近書いたあれやこれやをリアルで口に出して発言したなら、「お前は向いていない」とか「無能なんだな」と思われたかもしれないのだ。それは見えざるコスト消費、僕への低評価ボタンを押されることになっただろう。それなしで、不特定多数の考えがやってくるのだからありがたいことじゃないか。それにすでにストレスの発散は終わっているし、頭の整理はできた。

 

そんなわけで引用、コメント、ブクマ、好きにしてくれい。僕の方からは特にリアクションはしないだろうけれど。要はケチ臭い、めんどくさがり屋なのだ。

 

追記

なんか早速3つスターつける人が複数いてくれるのだが、別にいくらつけても問題ないんだぜ。5つつけたいけど、この人3が好きだからとか考えなくてもよい。