フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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生きていくためのモチベーション

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ほんの少しも、モチベーションが上がらないのだ。僕のスマホ中毒はいよいよ致命的なほどで、強制力がないと辞めることさえできない。映画館で映画を見るとき、当たり前だがスマホを開いたりしてはいけない、というルールがある。光で周りの人の迷惑になるのだから。

 

そういう強制力がないと僕はどこにいてもついスマホを開いてしまう。そしてそれはありとあらゆる点でよろしくないことだ、と理解している。スマホを眺めるには楽だが作業するに向いた代物ではない。延々とつまらないネットの意見を眺める羽目になる。どこに何が書かれていたとしても、貴重な時間を、極めて重要な若さを消費するほどの値打ちなんてどこにもないことは理解している。3月まるごと無職でありながら、あれほど欲していた休みでありながら、僕はほとんど何もしていないような生活をしている。

 

しかもライフサイクルはめちゃくちゃで、夜中の一時に起床したり、夕方の5時に目が覚めたり、とにかく起床と睡眠のサイクルがおかしい。これを書いている日は夜中の11時に目が冷めて眠ることもなく英国議会のニュースをチェックしていた。BREXITの再投票は議会で否決され、EU脱退の延長申請を提出することで一致した。次は22日がEUの結審をする日だ。

 

昨日の朝早く、地下鉄に乗り難波まで出た。まだ7時台の電車にもかかわらず人がそれなりに乗っていて、ずいぶんと勤勉じゃあないですか、と思った。まだ人通りも車も少ない御堂筋に出て、いつもは東側の道頓堀や宗右衛門町あたりを歩くことが多いのだが、たまには西側でも散歩するかと思い向かった。

 

ひんやりとした空気が心地よい。アメリカ村三角公園の近くは若者メッカではあるが、30に近づくにつれて歩くことも少なくなっていた。もう5年以上前、僕が20台前半から中盤を謳歌していた頃、mixiで募集していたコンパで福岡出身の同い年の青年と仲良くなった。見た感じがまあまあチャラそうな人だったから、僕は以前から行きたかったがきっかけのなかったクラブに連れて行ってくれといった。彼は本当にいいヤツで、今はもうどこにいるかもわからないけれど、快く大阪のクラブを案内してくれた。

 

期間工をやりながら大阪にいて、僕よりも大阪を知っていたんじゃないかと思う。僕は割と大阪について知らない男だから。とにかくはじめてのクラブ体験は最高だった。案内役の福岡人は酔っ払ってどこかに消えてしまったが、そのクラブはまだ宗右衛門町近くで運営されている。彼は道頓堀川沿いのベンチで寝ていたらしい。

 

福岡のU君は癖のない良いやつだった。それからアメ村にあるいくつかのクラブを紹介してくれた。彼はすでにオールジャンル系のイベントは飽きていたので、もうちょっとテクノだったりハウスだったりのイベントに連れて行ってくれた。彼が大阪ではなく名古屋に行ってから、僕は連絡をしなくなった。

 

そんなことを思い出していた。U君が教えてくれたクラブの一つ、Jouleはまだ運営されていた。多分、大衆よりも尖った音楽を流すからなのかもしれない。需要があるのだろう。アメ村にあるグランカフェというクラブは看板だけはあったが、すで2016年になくなっていたようだ。グランカフェはオールジャンルで大衆受けを狙ったが、当然競争率が激しいのだ。だからだろう、僕がクラブに行かなくなったころにはアメ村のクラブ文化は下火だった。なんとなく人が少なくなったかな、というタイミングで行かなくなったが、みんながいかなくなると盛り下がり、更に人が少なくなる悪循環でやがて潰れる。

 

ちょろっと調べたところ、僕が行っていたところはまだまだ現役な場所も多いようだ。懐かしいなあと思いを馳せる御堂筋の散歩だった。僕も思えばどんどん若さを失っては、何もない週末を送るようになっている。この生きるモチベーションみたいなもののなさは加齢のせいなのか、それともただの怠惰か。生きていく上でのモチベーションが薄まっている。これがミドルエイジクライシスってやつなのか。