フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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ここが皆でつくった地獄だぞ、さあ笑えよ。

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富士通のリストラ、いよいよ45歳以上のグループ全社員まで拡大 : 市況かぶ全力2階建

 

我らがIT業界から見てもFはクソ、というのは有名だった。

仕事環境でクソなのであって会社としては大手だし、まあ僕のような末端に比べれば安泰かと思っていた。ところが職場がクソなだけあって、やはりそれを指揮する上層部もクソであった、というのが証明されたらしい。ついに脳みそも体力も衰えが見え始め、転職市場で需要もあまりないと言われる年代で、おまけに潰しのきかない文系職の追放である。僕のようなまだ30代の男でも、あと10年後大丈夫かな、と不安に思うことがあるのに、今からが親の介護やら子供の大学やらで大変な時期にいる人々をスラムに追いやったのだ。

 

もちろんそうしなければならない経営だったというだけの話なのだろう。無い袖は触れぬ。僕の好きな言葉だ。だから会社が回せるレベルの人間だけを残して、コスパの悪い人間は捨てる。そうしなければ倒産するのみだ。思えば僕が使った富士通製品なんて、もう15年以上前のパソコン、windows XP搭載のFMVが最後ぐらいのものだろう。そう考えればBtoBでここまでよく持ったと言えなくもない。90年代末、00年のリーマンショックと来て、日本人は倒産買収リストラという言葉に慣れた。

 

だからまあこんなもんか、と思わなくもない。だが間違いなくそれは地獄だ。戦後最長の好景気でも、そしてザ・日本企業の富士通でさえ支えられなかった45歳以降の社員たちを、誰が支えられるのか。10年後の僕らを、20年後の今の若者を、誰が保証してくれるというのか。好景気なんだろ!?

 

45歳以上に対し、早期退職・希望退職者募集の嵐が吹き荒れているということ - orangeitems’s diary

 

僕はあまり自己責任論というのが好きではない。ただしこの45歳という年齢を見て少し考えた。というのも、20歳で選挙権を得て最短でも25年、長ければ40年近く日本政治に関わってきたのだ。はっきり言えばこの地獄の日本をせっせと作り上げてきたのが、この切り捨てられる45歳以上の社員達とも言えるのではないか。25年という長い歳月を日本政治に関わりながら、まさか日本の現状に責任がないとは言うまい。

 

こういうニュースを聞くたびに、個人スキルについて言及する人がいる。45を超えても使える人間として鍛えてこなかった奴が悪いという論調である。僕はそれは好みでない理屈だと思っている。個別の能力はどうしたって限界がある。そのために集団があるのだ。そのためのんべんだらりとした個人の人生があったとしても、それによって集団からパージされるべきではないと思う。

 

が、しかしである。政治的責任は問われるべきだと思う。

 

ようするに能無しが生きるには国という集団に対して、日本という最大基盤の集団に対してメンテナンスをしていく責任があるのではないか、ということだ。能力が極大の個人はどんな世界でも生きていける。そのため国や地方にいるそれぞれの集団に対して貢献しなくっても無視してもやっていけるかもしれない。だが無能者どもは個人で生きる力が弱いゆえに、集団への帰属意識とメンテナンスを怠ってはいけないと思うのだ。

 

家族が最小の互助会、国が最大の互助会というわけだ。この数十年に及ぶ政治の帰結が、少しずつ剥がされていくのを指をくわえてみていたと言えなくもない。あるいは少子高齢化の対策がなされないことに知らないふりをしたのも、小泉政権に派遣業の拡大を許したのも、データ偽装の景気を信じて戦後最長の任期を安倍政権に任せたのも、まさしく会社から追い出されようとしている人々の集団貢献の結果である、と言えなくもない。

 

解釈はいろいろできる。退職金が出るのはまさしく大企業優遇をしたがる自民党を応援してきた結果だから、悪くないリターンを得ているとすることもできる。世界情勢を考えるにここらが限界というふうに諦めることもできる。無能者が即時に餓死してきた前時代よりもマシだとも強弁できる。

 

いずれにせよ、ここが地獄だと思うならそれは皆でつくった地獄であり、せっかくだから楽しんでいけよ、ということだ。