フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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創り上げた世界が壊れる時

第1話 アニメ化を断った話。 - アニメ化を断った話。(七瀬夏扉@ななせなつひ) - カクヨム

 

ずいぶんと辛い話がバズっていた。僕はこの典型的な繊細な小説家に涙せざるを得ない。なんせ商売っ気と交渉力のなさが随所にでおり、その上で健気にアニメ化を待ち続けている。僕も小説家になりたい時期があったし、今でも時々Evernoteに書いており、どこにも発表していない愚作がクラウドサービスの肥やしになっている。

 

僕が若くもっと小説家になりたいと願っていた頃、自分の作品を大事に大事に育てて、コレはきっと傑作だ、僕の素晴らしい世界だ、と思いこむような時期があった。もしその状態で小説家デビューを果たし、売れもせず、編集からのより良い連絡を都合の良いセフレのように待ち続けた場合、きっと発狂していたかやさぐれて現実に失望していただろう。

 

僕は小説家ではないが、大事なことは多作であること、スピーディに書いていろいろと試すことだと思っている。涼宮ハルヒの憂鬱シリーズのように一時代をあっさり築き上げてしまうケースを除けば大抵は売れずにアニメ化もされずに、誰にも知られることなく埋もれてしまう。

 

そんな中でひとつひとつの作品に巨大過ぎる思い入れを持ってしまえば、きっと現実との落差に傷ついてしまう。それに思い入れのある作品であるがゆえに、アニメ化などのニンジンをぶら下げられては、それにすがってしまう。きっと長い時間を忠犬ハチ公みたく待ち続けたんだろう。そりゃあ爆発するでしょ。

 

出版業界の編集なんて大量の作家候補から「売れる」のを常に探す仕事だ。営業的な口八丁で才能をキープすることも仕事のひとつなのだろう。僕が思うに書籍化した本が売れなかった時に編集の中では終わっていたのではないか。次のプロットを何度も要求したのは、書かせ続けさえすればコレだってのが来るかもしれない。編集が見て、外に見せて売れるぞって思わせることができる作品に当たるかもしれない、と。

 

結局は作家側の願望と編集側の資本主義的な要望とが絶望的にあっていなかったのだろう。両者とも売れたい、有名になったりアニメ化したい、というのがあったとしても片方は自分の思い入れのある作品こそが報われて欲しいと思い、編集側はより可能性のある作品をアニメ化したりメディア展開したい、ということなのだろう。

 

そこで才能ある作家に逃げられずにかつ書かせ、売上を作りたい編集のやることはニンジンをぶら下げて、作家の愛着の足元をみることだろう。ながく「コチラ側の駒」として書かせる。ここで出版社側を切ったのは英断だったが、書籍化して売れなかったと告げられた時点で切り分けるべきだったのだろうな、と思う。きっと編集が最初感動したと言ったのは本心だったのだろうが、売れなかったことで2人の関係は実質的に終わりを迎えたのだろう。

 

なので作家になってデビューできたら、売れたらよし、売れなければ次の作品の発表に切り替えるというのが長続きする秘訣なのかもしれない。だが特に緻密に細部にこだわって作品を作り上げるタイプにとっては辛いかもしれない。創り上げた世界をぶっ壊して消せと言っているに等しい。売れなかったら終わり、というわけではない。プロ契約さえしなければwebやAmazonパブリッシングでほそぼそと続けられるし、出版社と交渉してwebだけでも続けられれば、いつの日か日の目を見ることがあるかもしれない。

 

だが小説家になりたい人など大量にいて、かつ出版不況の現在というのは本当に作家に向かい風となっている。だからこそ僕は20歳そこそこのときのような夢を忘れてしまい、堅実にお金を稼げる職業で糊口を凌いでいる。

 

きっと編集者は編集者で辛いこともあろう。なんせ本がお金にならなくなって久しい。そりゃあ作家1人に労力を多大にかけたくとも経済状況はそれを許さない。兎にも角にも何らかのヒット作を出さねばならぬ。そうでなければ給料は上がらないし、そもそも営業マンは技術がないので売上でしか評価されない。きっと上司からのお小言もでるだろう。そうして手際よく抜け目なく作家をキープしてヒット作を出す玉として持っていたつもりが、損切り宣告の上、告発まで受けてしまった。きっと衝撃を受けていることだろう。営業マンと違って書き手は告発媒体を持っているし、ネットでわかりやすく書くぐらいの文章力はある。コレは武器、というよりネット全盛期の今兵器並の威力がでることもある。

 

このような事例が増えて、少しでも出版社と作家がフェアなトレードをできることを願わんばかりだ。