フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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展望を語れないリベラルが負け続けるということ

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大阪の地方統一選挙は色々と考える結果となった。1つは投票で勝つということは結果の証明であるということ。もう1つは結果への批判者に展望を語れる者がいないし、そこから目を背けているということだった。

 

大阪維新がその他で嫌われているということはある程度知っていたが、だから投票を入れるヤツがおかしい、と吹き上げる人が多くて驚いた。僅差であればまだしも、ほとんどダブルスコアに近い知事の投票率や、府議会での過半数を獲得、市議会は2議席取り込めば過半数というところまで持っていった。主に共産と自民党議席がなくなったのだが、圧勝といっていい。ところが維新が気に食わない人たちは、敗北の理由を人々の責任にしようというのだ。

 

そもそもが大阪でいずれくる選挙の候補者を任期8ヶ月前にもなって想定していないというのがマイナスだ。大阪という大都市を誰が運営していくか、ということを自公は考えていなかったのだろう。唐突な解散は奇襲というような批判をする人がいるが、府民にとって見れば、大阪の未来をちゃんと考えていないのだな、という風にしか見えない。さらに言えば共産と自公の共闘は、もし勝ったときにうまく機能するのか、という不安もある。勝てないから票のために未来の運営をがんじがらめにする組織に投票する方がどうかしているだろう。

 

これは安倍政権批判にしてもそうだが、対立する人々に大きな展望を語れる人材がいないのだ。僕も安倍政権は好きではないが、これだけ支持されていると、そのマイナス面以上の何かがあると思わざるを得ない。やはり支持する人たちはそれなりに評価しているのだろう。次の参院では維新か立憲民主に入れるだろうが、立憲民政党がより大きいテーマや組織運営をアピールできているとは思わない。やはり党には顔がいるが、カリスマなどは早々見つかることもないので小粒で権力を持たない人々の集団に思える。それでも自民への対抗馬が必要だとも思うが、アピール不足は否めない。

 

そもそもリベラルがリベラルでないというのはすごく問題だと思っている。例えば大阪維新の会で言えば、幼児教育から高校まで無償化に成功している。本当にただのしばき体質であればこういったことはしない。維新は未来にかける考えを持っていて、その分高齢者のバス無料は廃止した。市営地下鉄を民営へとリスクヘッジしたのはいいことではないだろうか。市営地下鉄は黒字だから民営化の必要なし、という人々もいた。だが不況が来たり、いざコストカットをするとなったとき、公務員のクビは切れないのだ。その時、しわ寄せを受けるのは新規採用を減らすことで若者が受けるだろうが、黒字のうちにリスクヘッジせねばならないわけだ。

 

維新で割を食った人は誰だろうか。まず挙げられるのが教師だろう。これは給料カットしているから間違いなく嫌っている。あとは公務員全般にも言える。犯罪をしても処罰されない不平等があったし、たくさんの裏金不祥事はwikiにもまとめられている。

大阪市の不祥事 - Wikipedia

 

大阪の公務員天国はよく言われることで、そのヘイトが行政改革の後押しになったと言える。自浄作用がなかったことが、今改革によって無能者や悪漢どもを追い出す勢いとなっている。維新の圧勝によって水道が民営化されるが、ここもかなり不祥事が発覚しているから、民営化されれば犯罪者の処罰や対策は進むとみられる。

 

選挙後ニュースでのインタビューでは、松井市長が児童虐待について話していた。レベル分けして対策する必要があると。維新の会はやるといったらやるということはわかっているので、間違いなく対策は進むと見ている。彼らを批判するならやるといったことをやる、そういった展望を見せるべきだと思うのだ。というか、維新はこと子供に対しては相当リベラルな政策や対応をする。高齢者や生活保護などの福祉は削減傾向になることは知られている通りだ。彼らには2面性がある。

 

リベラルな人々は市井の人々の暮らしをより良くするというメッセージ性に欠ける。維新政治を潰したとして、彼らがやってきた子供医療、教育の無償化や数々の民営化をキャンセルするのだろうか。もしそうならそれを上回る未来を提示せねばなるまいが、野合集団にそれはできなかったからこそ、この圧倒的な選挙結果なのだ。

 

リベラルあるいは野党支持者というのはどうしてもマイナス点をピックアップしたがる。マイナスがこれだけあるから、対抗馬にいれたほうがいいですよ、改革をしないというのが一つの選択肢ですよ、と。愚かにもほどがある。一般市民の人々にとって改革の方向性はたくさんあっていいだろうが、停滞は貧困化を意味する。それが全くわかっていないのだ。大阪は特に府全体でみれば人口減少に転じ始めており、GDPは愛知の躍進の前に3位後退。東京と違って本社が集積するわけでも、TOYOTAがいるわけでもないのだ。だから空転も停滞もありえない。維新が政治支配するぐらいなら表を割って空転させましょうというのは、ようするに一般市民にこのままでいましょうと提案することであり、相対的に貧困に陥りましょうといっているようなものだ。だから彼らを打ち負かすにはそれを上回る改革案を出さねばならない。

 

それができないことを直視しないと、望まない候補者が勝ち続けることになるだろう。僕が思うに選挙はネガティブ合戦よりもより多くの勝ち点を積み上げることなのだと思う。ネガティブは実績のない候補者や政党には効果的なのだろうが、実績や展望が明白だと許されるということでもあるのかもしれない。

 

彼らは自分たちが何をしていないか、ということを考えようとしない。そして圧勝させた府民に愚か者だとこき下ろすのだ。だが恩恵を受けていない市民が多ければここまで票は伸びない。不満の受け皿になれるだけの展望がないものは権力を得ることはできないのだ。