フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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非モテが惨めなのは愛情を錯覚しているから

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モテる友人たちがサクッと女を手に入れる姿を見るに、異性との付き合いの始まりは愛情ではないと確信している。早ければ1時間後にはセックスしているようなこともあるので、これをお互いの個性や性格を尊重して育まれた愛情というのは無理がある。

 

これは何らかの動物的な反応であり、これを愛と解釈して自分は非モテだ愛されないなどというのを嘆くのは間違っている。男女ともに愛と性欲は違った領域に存在しつつ、少し重なっている。男女関係が始まる時、相手にセクシーさを望むのは愛とは無関係に性欲が最初にあるからなのだろう。そして性欲をうまく解消できるかは個人の運動神経や体力や瞬発力などに依存していると言える。もちろん見た目も重要だ。

 

ただしイケメンに限る

 

などと言い、愛されるには見た目がよくないといけないと言うが、彼らとて愛されているのではなく、消耗品としての錯覚体験が手に入るのみだ。だから深く愛し、愛されることなく別れる。もし本当に愛されたなら何十年と関係が続いてもおかしくはない。家族に近い関係を作れるだろう。ところが、非モテというのはその錯覚体験を愛されることと勘違いしている。その結果、人類に対して平等に与えられると社会に蔓延している価値観の間で苦しめられる。

 

男女関係の最初の一歩はスポーツに近い。ダブルスのテニス選手ならパートナーの足が速い方が良いし、持久力がある方がいい。もちろんフィーリングが合うことによるチームワークなども大事だろう。誰だってダブルスのテニスをするのに一方的に弱い、実力の釣り合わない人をパートナーには選ばない。

 

なので見た目やファッションセンスや趣味など、表面的なもので判断して合致するという関係性を求める。非モテとは、異性からパートナーとして選ばないという表面上の判断でアウトされているということだ。だからといって内面などぱっと見で判断できないものを否定されたわけではない。

 

「じゃあ、結局見た目が悪ければ橋にも棒にもかからねえってことじゃねえか!」

と君は言うかもしれない。そうではない。

 

想像してみよう。あなたの好みではない異性がやってきて、金持ちでもないし、特別な能力もない、その上で顔もブサイクよりだとする。あるいは体型が太りすぎていたり、痩せ過ぎていたりする。そんな相手がやってきて、あなたに愛せという。選ぶだろうか。あなたが思うような理想的な異性ではないし、一緒にいて楽しいかどうかもわからない。だがもしかしたら内面は本当に素晴らしい「かも」しれない。誰にでもその可能性があるが、付き合ってみると内面までクソと気づくかもしれない。

 

このように考えれば、見た目も好みと一致しない、とりたてて優れた能力のない人を選んだりはしないということがわかる。非モテの苦しみを理解しているあなただって非モテ的な異性は選ばないのだから。男女関係をサクッと作ってスポーツてきなセックスをして、なんか違うなと思ったら別れるというのは、愛情とは無関係のそういうルールの遊びみたいなものだ。

 

「まさしくそれがしたいんだよ!」

というなら同じ土俵に立つといい。モテる友人たちは仕事に打ち込みながら、小洒落ていてしかもなるべく安い服を取り揃え、腹が出ていても目立たない服を着て、コミュニケーション手段も豊富だったり、視線や態度が煩わしくないなどの何かしらの気づかいまでしている。

 

男女関係の始まりはルールの決まったスポーツみたいなものなので、シュートの練習はしないが点数を入れたいという都合のいい展開は成り立たないのだ。とは言ってもそれができないからといって人格否定されているわけではない。きっと非モテな人々にも特性があって、なにかユニークなところがあって、以外とイイヤツなのかもしれない。ただ恋愛スポーツに向いていないというだけでしかないのだろう。

 

そして恋愛スポーツのそれは愛情とは違っている。モテる友人たちは非常に短期間で関係性を入れ替えている。時折思い出語りで出てくるぐらいの存在になる。ひたすら満足いくほど愛されたのなら、きっともっと長く付き合ったのだろう。数ヶ月で別れるほどの精神的フィット感しかなかったのだ。しかも取り替えるたびに比較対象が増えて、異性の醜さも見ることになる。素晴らしい愛情を手に入れたようには思えない。だがそれをずっと続けるということは、恋愛スポーツは意外と楽しいのかもしれない。それはアニメの世界に入れ込むことと違いはない。消費活動である。

 

非モテな方々は恋愛スポーツの不適合者であるが、それを愛情が手に入らないと錯覚することでより惨めになっている。もし欲しいのが愛情なら、同じ非モテを狙って行けば異性関係は手に入るのではないか。そこであなたの良き内面の出番だ。顔がブサイクで能力のない相手を愛せるなら、愛される側にもなれるのではなかろうか。

 

見た目の良くない人達同士のカップル夫婦などたくさん見かけるのだから、まあ案外幸せなのかもしれない。愛情さえあれば。