フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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京都御所にて

親友の命日に友人達が集まり墓参り。そうすると朝まで飲むことになる。で、朝まで飲むとその日は夜まで寝る。事実上2日潰れる。もちろん価値のある2日である。3連休最後の日、僕は積読消化のために喫茶店に出る。いつもの喫茶店に行くのだが休日だけあってそれなりに盛況。ただ問題は効きすぎるクーラーだ。寒い。喫茶店運営のテクニックらしいのだが、客に長居させないために空調を極端にするというのがある。暑すぎても寒すぎても出ていくことになる。あまりにも寒いが「そして誰もいなくなった」はまだ読み終えていない。どこか違う喫茶店を探したい。もう昼はとっくに過ぎていた。

 

そうだ京都に行こう

 

と不意に思い立った。今思えば休みの日はルーティンとなっていて行く場所も同じだ。大阪のいいところは日本の最も偉大な歴史建造物が集積している京都奈良に隣接していることではなかろうか。久しく行っていなかった京都でお抹茶でもしばきながら読書するのもいい。JR大阪から新快速で3駅という近さだが、時間的には結構かかる。高槻駅ってこんなに遠かったんだっけと思わされる。

 

僕は行動において割と頭の悪い判断をするのだが、京都駅につくとすぐに歩きだした。歩いて京都御所まで向かった。もちろん京都にも地下鉄なり京阪なりがあるのだが、その発想がなかった。京都の風情を楽しむぜ、と思ったのだが残念ながら京都駅から御所までの道のりは無味無臭なビルとマンションの羅列だった。ここは大阪御堂筋の本町から淀屋橋の間ですよ、と言われても違和感のない景色だ。しかも遠い。本願寺の前を通るが、本願寺の周りはいまいち魅力にかける。随分前に通った道だなと思いながら通り過ぎる。京都御所が遠い。途中で喫茶店の看板が目に入る。もうここでアガサ・クリスティを処分してしまおうと入る。京都っぽいパフェを頼む。千円もするがパフェなんてものは久々だ。が失敗したと思う。そんな冷たいものをずっと飽きもせず食べれるわけがないのだ。ああくそもっと他の落ち着いたものにすればよかったと後悔するも、とにかく10人の殺人事件を書いた本を読む。普段の大阪の喫茶店と違って心なしか集中出来た気がする。サクッと読み終えた。これはアガサ・クリスティの手腕も大きい。さすがに有名なミステリーだけあって面白いのだ。残る積読カーネギーの「人を動かす」のみとなった。積読を消化しているのは一つの目標ができたからだ。買いだめておいた日本語の本を消化したら、この先は英語の本だけを読むと決めていた。実際に英語の本もたくさん積読している。

 

ようやくパフェも食べ終える頃に閉店時間がやってくる。17時半閉店なのだ。随分と商売っ気がないなと思わなくもないが、あまり客入りが期待できない立地なのかもしれない。京都御所へ向かって北へ歩く。英語名はKyoto Imperial Paleceだ。味気ない道をあるき続けて、時折京都仕様のセブンイレブンや交番を見つけては、それっぽいなと思う。

 

ようやくたどり着いた京都御所は感動的だった。これだけ大きい公園はなかなかないからだ。ロンドンのハイドパークを思い出すほどのだだっ広い敷地に、そこかしこにベンチがある。4つのスマホを台に載せてポケモンGoをやるオジサンもいた。あいにく内部見学の時間は終わっていたが、しばらくボーッとするのには最高だった。30年も大阪にいて初めての京都御所だったんだよな。

 

日が暮れる頃、御所から鴨川に抜けてさらに北上する。鴨川は得も言われぬリア充感がある。これは大阪の大和川や淀川には出せない空気感である。多分周囲の建物の背が低いからだと思う。暗闇の中でも良い雰囲気だ。いつまでも歩いていられるし、途中で休むのも良い。近畿圏内で生まれるなら大学まで京都に住んで、社会人になったら大阪で暮らすのが最高なのではないかと思った。少なくとも京都で学生生活を送るのは中々どうして趣がありそうだ。

 

途中漫画ミュージアムやらがあって閉館中でなければ寄りたかった。京都の文化遺産はなかなか侮れない。というより、京都全体が東アジアのロンドン的な空気感がある。そこかしこに歴史遺産があり博物館があり、小洒落たカフェがあり、大きな川がある。これはかなり魅力的だ。ああそうか、こういうのが僕は好きだったんだなと再認識した。合理的な住宅街、都市中央部に聳え立つ巨大なビル群は好きでなかった。大阪のような歴史はあるんだがステレオタイプな日本的空間でない近代メトロポリスは好きでないのかもしれない。落ち着かない。人が多すぎる。

 

京都の魅力再発見である。ひたすら食いだおれてしまう大阪よりはもっと文化よりの都市だ。つくづくもったいないことをしていたんだな、と思った敬老の日だった。