フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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noteでバズったときの収入とnoteで飯を食えるかどうか

noteで翻訳記事を書いた。仕事中の集中できない時間帯におもむろにEvernoteを開き、一節だけを翻訳して仕事に戻る、みたいなやり方でボチボチと翻訳していた。かかった時間は正確にはわからないが、結構手間取ったなあと思う。

 

note.mu

この記事をリリースした時はブクマつかなくて夜になってもそんなに見られている感じじゃなかったんだけど、次の日の朝通知がバンバンきていて、はてブホッテントリに入っていることに気づいた。最終的に600人近いユーザがブクマして久々にバズったなあと感じ言った。結構長い間、翻訳完了できずにいたので読まれることは良かった。僕はプログラマではあるが、昔は小説家とか通訳士になりたいと思っていたこともあり、ようするに文章で飯を食えるならそれもありだなと思っていた。このブログで3年近く大量に書いたがそういった文章で飯食うみたいなのとは程遠い。このブログはライフログなのでまあそれでもいいのだが。雑記ブログだと方向性がないので、文章そのものに価値をもたせづらいなあとは日々思っていて、そこで価値をもたせたい文章はnoteに分離させようと思って、翻訳記事をnoteに載せたのだ。

 

さて本題ではあるが、noteって結局どうなん?ってところの参考数値を書こうと思う。上記記事事態は、内容はすべて無料で読めるが、投げ銭的な意味で有料記事とした。当初は最後の「No Brilliant Jerks」の文字だけお金を払わないと読めないようにしていたが、バズって翻訳記事売るビジネスなのかと書かれたので、全て無料にした。さすがに他人の書いた文の翻訳を売る気はなかったで、あくまで労ってくれる人を期待しての有料であった。

 

・記事について(今確認したところ)

PV:23965

スキ:71

収益:2400円(内サポート600円)

 

全部無料で読めるからだろうが、それでも購入した人が18人いて、そのうち二人が別途サポートで100円と500円を投げ銭してくださった。こういう精神のある人がnoteいにることは強みだなあとは思う。どうせタダで文章書くんだったら投げ銭してくれそうな人がいると、例え時給換算で割にあっていなくても実利が多少でも得られるから書こうという気になるのではなかろうか。はてブロはプロにするとアフィリエイトをつけられるのでGoogleからの支払いを期待できるが、直接読者からお布施を受けるのとは感情面で違うと思う。

 

ちなみに当ブログのデータから見ると、はてブロのプロ(Google Adsense)とnoteの無償記事(プロではない)だと収益はほぼ同じと言ったところだ。よく言われるPVの10分の1が広告収入というのは当たっていて、そういうふうに考えるとnoteのバズ記事で得た収入とPVの割合がアフィで得られる収入はかなり近い。

 

noteは月500円でプロになれるが入らなくても文章そのものを売れる。しかし収入を振り込んでもらうには10%の手数料と振込手数料が必要となる。なので現段階で振り込んでもらうとすれば実質的な収入は2000円ぐらいである。翻訳時間を考えるとまったく割にはあっていない。

 

Adsenseの場合は振込手数料はかからないが、売上8000円を超えるまでは振込まれない。どちらがいいかというと、一概には言えずそれぞれに違いがある。このブログは全く金にならないこともないが、それを目的にするほどではないといぐらいで、はてブロプロはまかなえるし、一年間の収益でちょっとした食事はできるだろうという程度だ。時折、ああ今月の収入ちょっと増えたな、みたいな喜びがある。

 

noteの一番良い点は、読んで納得した人がお金を払うという点かもしれない。特にサポートの場合は読者からのメッセージがついていて、ねぎらいの言葉が直接来たので「書いて良かったな」という気分になる。ファンがついてきたら半分有料にするなどでもいいだろう。

 

 

noteで飯が食えるかどうか?

 

結論を言えば可能性はあるだろうが難しい。例えば僕が書いた記事であれば単価を200円にあげて、1時間程度で翻訳したなら時給は5000円前後まで上がることになる。しかしそもそも書いた記事が2.5万PV以上を常時得られるかどうかはわからないし、そもそもあの翻訳を1時間でできる能力はない。借りに英語力を身につけたとしても、一日8時間労働として8記事をリリースできるかというと疑問である。そもそも翻訳していい記事で魅力的なものを探すのも必要だ。全文翻訳ではなく引用記事にするために同じ量の自分の意見を入れるとすれば作家的にはなれるが、そこまでお金になるかどうかは怪しい。

 

ただしPV至上主義的なAdsenseに比べて、noteは納得して金を払ってくれる人を探すという意味で筆の方向性が変わるだろう。端的に言えばはてブロではバズ狙いのために煽り記事を書くのが正解だろうが、noteの場合は心から応援したくなる文章を書くほうが良いということになる。少ないPVでも愛されれば投げ銭してもらえるというわけだ。そんなわけでイービルにならずに文章一本で頑張ろうとすると言う意味では有用な善のサービスかもしれない。翻訳する記事よりも、オリジナルコンテンツのほうが更に良いだろう。

 

翻訳記事は多分お金にならない。しかし英語の勉強ついでと考えれば別に悪いことではない。noteのサービスというのはプラットフォームとして優れた方向性があるということは確認できたと思う。