フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

PR

華の都・東京でも自由なんぞない

PR

「某カセットテープ店」こと、中目黒waltzの店主です。 この場に掲載されて..

 

中目黒Waltzがバズってる。 噂だけでもまじ苦手な店主で(行ったことはない..

 

戦慄した。何やら感じの悪いカセットテープ屋がいて、随分叩かれている。僕はいつも思うんだけど、大都市の素晴らしさを語る人たちはその自由さというものを上げる。彼らは田舎だとできないことを都会ならできると嬉しそうに語る。大げさなファッション、小洒落たカフェ、意識の高い綺羅びやかなショップ、個性的なイベント。地方のオジオバ達の古臭いルールや視線が嫌だから、地方にいるより大都市に行く。東京なら受け入れてくれる。そんなふうに思って行くわけじゃん。

 

ところがネットのせいなのか、ようするに他人を気にしない自由なんてものは東京にもありはしないということが、昨今のカセットテープ屋の騒動で証明されたわけだ。別にいいだろ、客を選びまくる店がいて、まるで彼らが神のように振る舞ったって。地方とは違って大量の店、大量のイベント、大量の個性があるから都会ってもんじゃないのか。気に食わなかったら違うとこに行けばいいのさと思う。客を見下したって存続できるのが都会の度量ってもんだろう。選択肢はいくらでもあるのだから。

 

そんなふうに思ったが実態はみんな、アイツラが気に入らない、やり方がムカつく、忌々しい、と言いたくて仕方ないのか。まるで田舎のおばあちゃんの井戸端会議みたいに、誰かの噂をする。そうやって隣人を気にせずにはいられない。あまりにも巨大だから可視化されにくいだけで、みんなバッシングをしたくてたまらない。無視して良い人生を送ればいい、ここは都会なんだから、とはいかないらしい。

 

どれだけ都会に集まっても所詮は日本人。自分のルールがあって気に食わないやつを吊し上げたくて仕方ない。そういうやフェミニズムのエントリが大量に上がっているが、あれも結局は自分の気にいった方法で相手を律したいという日本の地方でよく見られるルールの押し付け合いってとこかもしれない。

 

他人が自分の理解できない振る舞いをしていると、僕らはリンチしたくなる性分なのかもしれない。都会であれ田舎であれ、それは変わらない。僕らは都会に暮らして自由を得たと思っていて、それは幻覚みたいなもんで、どこかで井戸端会議をされて吊るし上げられてるみたいだ。