フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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人は妥協案を直視できず、矛盾にも耐えきれない

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予算委、会期末まで開かれない見通し 与党逃げ切りに懸命 - 毎日新聞

東京新聞:予算委 開かれず 衆院3カ月、参院2カ月 :政治(TOKYO Web)

 

桜を見る会で問題になっていて、自民党の支持者とか安倍総理が好きな人とかがよく言うことに「こんなつまらない問題あげつらってないで他の重要な問題があるだろ」というようなことがある。

 

ところが今年の中盤は参院選前には国会が開かれないということが言われていた。端的に言えばこの時「他の重大なこと」を議論できたのだ。そもそも安倍政権は国民を優先して常に議論して、問題を解決するような政権じゃないだろ。そういうスタイルで権力を維持してきた。そういうところを無視して、都合が悪くなると他の重大なことを議論しろとかいうのだ。ああ、国民。そうこれが日本国民。日本人は議論好きではない。一方的に叩きのめすか、同調圧力をかけるか。安倍政権のスタイルはかなり日本的である。忖度を求めるという同調圧力と証拠隠滅による一方的な逃げ切り。

 

ようするに日本人のスタイルを極めている。だから人気だし、異物感がない。会社勤めをしている人たちなら「よく見る光景」そのものではなかろうか。僕らの生活そのものが、ごまかしと忖度と事なかれ主義でできているんだから、日本の政治がそうなるもの仕方ない。問題点を明確化して議論を根気よく続けるなんて政治家がウケるわけないのだ。

 

だからどうにもならない。矛盾だらけの日本の生活様式を指摘すると、それぞれ個人の存在否定にしかならない。それには耐えきれない。だからかばう、かばう、かばう。桜を見る会の集団というのは、力を持った人に対して寄らば大樹の陰となる日本人の性質そのものだし、僕らの社会生活ってそういうもんでしょう。一貫性なんて持てない、覚悟はない、どうにかなるでしょうという楽天主義

 

実は昭和の長きに渡って案外どうにかなってきた。令和はどうかね。医療費の膨大化と増税に耐えきれるといいですね。議論回避をする政治家を支持していればいいと思う。すでに未来は見えていて、議論の中で妥協点を探るようなことをすると、その妥協点に苛立つ国民だということを政治家達は知っているように思う。今起きていることは自動的な切り捨て、無い袖は振れないというものだ。

 

児童手当の使い道、厚労省が調査結果修正 :日本経済新聞

公立病院再編、地方側が強く反発 「あまりにも唐突」 国との協議がスタート

 

議論の中でこことこれをカットしましょう、なんて結論を国民は受け入れないからギリギリまで引き伸ばす。官僚が尻拭いするだろう。例えば地方病院の統廃合が進んでいるそうな。近くに病院がなくなれば、行く回数が減るとなると、医療費が削減できる。ちょっと前は財務省子ども手当を削減するために、嘘のデータを掲載していたそうな。これは削減ありきで、理由なんてどうだっていいということ。政治家が議論回避すれば、官僚が判断してやるだけ。

 

国民は大損しているように見えるが、元はと言えばそういうスタイルの与党をかたせ続けているんだから仕方がない。なるようになる。本当になるようになる。だって政治家が何もしなくたって、可能な方法で財務省あたりがケリをつけるのだから。だから国民は忖度していればいい。来るべき時が来たら、バッサリといろいろな支出をカットするだろう。そんな意味で阿呆の集団の最後の砦が財務省なのわけでして、本当に頭がさがる。

 

財政支出の拡張とか、MMTとか政治家も官僚も絶対言わない。なぜかって年々増えていく医療費の支出を見ていれば、すでに財政支出を延々と増やしていることがわかるんだから。インフラやら科学予算に割かれないだけで、放っておけば支出は拡大する構造になっている。だから切れるところを切るんだけど、桜を見る会みたいな権力者の好みの支出は、その金額のショボさも相まって出るんだよな。国家財政からみれば大したことではない。そういうところをお目溢しして、消費税を増税できるんだから、財務省的には安いもんでしょ。

 

国民は総アホウなので、もっと重大なことを議論しろ、というのだ。逆だ。ショボい私腹を肥やす振る舞いは許すから、重要な財政カットよろしくね、というのが今の官僚と与党の暗黙の了解なのだよ。だから側近の人気さえ勝ち取れば、重大な予算案は財務省の要望通りになり続けるし、国民にとってはまあ、そういうことだ。貧乏になるのが運命づけられているから仕方ねえな。

 

こう考えると、総理大臣が気持ちよくやってるのを見るほうがいいのかもしれないね。どうせ国民は貧困化するんだから。議論の中で可能性を見出せるはずなんだけどね。国民がそれに耐えきれないから仕方がない。