フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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サブカル無頼漢は地獄への入り口

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anond.hatelabo.jp

清々しい文章じゃないか。人間ってのは上へ上へと進もうとする中で何かを見つけるもんだろう?例え夢叶わなくても、その中で生かされる何かがある。それはそれでいいとして。

 

ネットのブロガーや物書き、漫画家の中には無頼漢気取りが結構いる。僕が知っている中でも何人かいる。山月記の李徴のような輩が結構いて、それなりに生きている人たちが、その恵まれぬ環境や幼少期を餌にして、良い文章や漫画で惹きつける。もし、そういう人たちに憧れてしまったなら地獄へ道連れにされるだろう。ああ、こういう風に生きてもいいんだね、と思ってしまったなら人生は暗い。

 

僕の知るネット表現者達の中には、客観的に見て相応に恵まれた環境だった時期や、学問を吸収できる能力、表現力と読む能力に恵まれながら、やれ人生はこうだ、人間とは無情だ、遺伝子とは非情だ、と嘆き悲しむ。あまりにも嘆きすぎるので、嘆く時間で成功を掴めそうなほど、嘆くことに時間を費やしている。

 

それはまあいい。個人の自由だ。大抵の無頼漢気取りというのは、実のところ尊大な精神と、怠惰に蝕まれており、とどのつまり自己責任でそうなっている面もある。文章一つ、漫画一つなら感動するが、案外、普通の生活をしていて平凡である。ことによると家庭を持って親として生活していたりする。

 

僕の小学生・中学生のころの同級生に、算数もダメ、国語もダメ、体育も図工もダメ、おまけに友達もおらず、発育が悪く、貧困家庭という男児がいた。喧嘩が強いとかでもなく、面白いことをいうというわけでもなく、ただただ弱い子供だった。中学になってもそれは変わらなかった。おそらく障害児判定を受けなかったボーダーだったのだろう。これこそが嘆くべき弱者である。「俺なんてダメさ」というような気取りやでなく、本物の生きるのに不自由だった人だ。身震いするほどのハードモードだ。おそらく彼はブログでまとまった文章を書くこともできないのではないか、あるいはそういう発想すらでてこない。ハードな問題が次々に降り掛かってどうしようもない。そんな人生を歩んでいるように見えた。

 

それに比べれば、幾人かの無頼漢気取りは、そこそこの大学を出たり、人が羨むような立場にいたり(そして転落した)、その結果表現を趣味や仕事にして、人生はなるようになるというような態度をしつつも、世間や社会に文句とも不平ともつかぬ文章・漫画をとても良く表現できる。表現が下手なら只々叩かれるところが、うまく嘆いている。嘆き芸人とも言える域に達している。

 

表現のできる無頼漢とは、こうだ。学習力も学力も相応にあるし、そう自認しており、恵まれた時期もあったが世間の中の理不尽な戦いをうまくこなせず脱落し、ほとんどの人が妥協したり、折り合いをつけたりする中で、その凡庸さを認められぬ怠惰な弱者で、世間や社会を露骨に見えぬように腐しながら日々を生きる平凡な人である。

 

彼らは文章を読むに心から自分の特別な何かを信じている。社会の大多数は歳を取る中でそれを心の底から捨ててしまうのであるが、無頼漢気取り達はそれができないが、かといって特別な良い地位にもつけぬので、自分は愚か者だと言いながら世間に責任転嫁するのであるが、その責任転嫁ぶりが読者には伝わりづらい見事な表現をするので、その無頼漢芸に人々は感嘆するのである。インドで目覚めた人が、日本のあらゆる普通の人々が喜びそうな何かを間接的に腐しているようなものもあった。

 

ただただ生きづらさだけを書けばいい。しかし大企業XXに努めていただの、かつてXXという有能エピソードがあるだの、元々は高学歴だのとアッピールをする。だってそれこそが、僕の子供の頃の何もできない同級生との違いであるからだ。表現のうまさではない、負け組の矜持、実はキレイな履歴書、どうしようもない弱者などと同じにされたくないプライド。そうしてそこそこの能力でそこそこの幸せを得た人々や凡庸な文化を、とてもうまいこと腐す。

 

恐ろしく危うい表現、俺でないと見逃しちゃうね、ってなもんですよ。

 

たくさんの底辺気取りのブロガー、小説家、漫画家や芸人を見てきたのでわかるけれど、彼らの臭すぎる自尊心と折り合いのつかない現実への苛立ちというものを見抜かないと、常人でありえた人生が傾くのではないか。無頼漢気取りの作家たちは、自尊心の高い底辺の中の成功者であるがゆえに、それを読者側が生き方の救いであるかのように見るのは人生に悪い。

 

そのため清々しいほど努力をしている前向きなブログとか漫画作品なんかを探して、真似できなくてもこうあるべきだよな、とポジティブ精神を養うのが肝要である。無頼漢気取りたちを動物園の痩せた白熊として見ているうちはいいのだが、あなたにとって最悪の場合、人生そうなってもいいかも、なんて思うようになってはいけない。アウトサイダーに憧れて人生を腐らしてはいけない。

 

脳天気なyoutuberを見る方が精神的な健康にはいいかと思います。