フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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人生の鬼門

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自分の克服のためにこれを書く。超長文である。

 

僕はこのブログで自分の人生の記録を散々つけてきたが、まだ書いてないこともたくさんある。これは自分にとってあまりにもコンプレックスであるため書くのためらっていたことだ。

 

世の中には何かしらのテストというものがあって、受験なり昇進テストなり、なんたら検定なり色々あるわけだが、実は僕はこのテストというものが昔からとても苦手なのだ。はてブロで自堕落な生活だったり、恵まれない人生を送っている人の中には、テストだけはうまくいった、大学はそれなりに良いところを行けた、という人も少なくない。理論過剰なブロガーに限ってそうだ。僕は理論過剰なブロガーだが、大半の平凡な人と同じでテスト、というか筆記試験がやたら苦手だ。いや、全力を出したことがない。なぜなら机上の勉強が嫌いだからだ。

 

まず一般的な人々と同じで高校までにたくさんの期末テストを受けてきた。高校に関して言えば相当ランクを落としたアホ学校だったので、良い成績だった(そしてこれが後の人生で相当効いてくる)。問題は大学受験である。当時の僕は最下層の高校に通っていたが、18歳のころにごく普通に大学受験を考えた。ろくでもないことかもしれないが、当時の僕は2chの大学受験版みたいなものに入り浸り、そうして大学の世界観は築かれた。今でもそうだが2chでは大学の学力ヒエラルキーに対してやたら過激で、MARCHはF欄、関関同立は最底辺ラインなどという言説もまかり通っていた。そのまま信じる僕ではなかったが、なんとなくそれ以下の大学は行く価値がないな、という考え方が芽生えていた。

 

ネットに強い高校生だったので、最低限すべき勉強というものに過去問が入っていることを知っていた。ネットでは過去問をときまくればいいみたいなアドバイスが溢れていたからだ。過去問をすれば自分の受験する大学がどの程度の勉強が必要なのかもわかるし、どれだけ点数をとれたかで合格ラインかどうかぐらいはわかる。模擬試験だって受ければどういうものかわかる。当時の僕は過去問をしたし、模擬試験も受けていた。その上で結果をすべて無視した。僕は現実逃避をすることに決めてしまった。最底辺の高校といえども真面目くん的扱いだった僕は、大学ぐらいいくだろうというまわりの認識があったと思うが、肥大化した自尊心を持っていたため、同級生達が行く本物のFラン大学に授業料を払う気が一切しなかったのだ。そのくせネトゲやネットに入り浸っていた。

 

勉強が嫌いな僕は、兎に角眠る。そうやって成績も可能性も上がるわけないが兎に角現実逃避をして、絶対に受かるわけがないとわかっていながら周囲をごまかすために、それなりの大学の試験を受けた。受験費用は親に借りるという形でまかなった。僕の母親は金銭面にシビアで、働いて返すなら好きにしていいというものだった。放課後予備校的なものに通ったが、数ヶ月で辞めた。そうしてかかった費用は20代前半ごろに返し終わった。

 

とにかく絶対受からないテストに1試験あたり数万もの支払で受験し、軒並み落ちた。そして最後の最後、キャンパス見学もした上で、レベル的にも立地的にも絶対行きたくないと思っていた、Fランとは言わないまでもせいぜいDランクの大学に合格したのだった。だが2chに毒されていた僕は、それに価値を見いだせず、ここでも現実逃避をし、大学に行かないことに決めた。その当時の僕にはそれがお似合いのレベルの大学であったことは間違いなかったにもかかわらず、こんな学歴を背負いたくないと確信していたのだった。大学には行かないと決めた僕に母親は激怒した。これは母親が大学ぐらい出てほしいと思っていたことと、同い年の親戚がFランの大学に入ったことも影響したいただろう。今は疎遠になった父方の実家もその当時はまだ繋がりがあり、そうして高学歴家族である父方の家族達の前で肩身が狭いという私利もあったのだろうと思う。父親の親兄弟はみんな世間的にはAランクの大学を出ていた。

 

しかし僕は絶対に大学へ行かないとなったので、父も母も激怒したが実際に入学さえしなかった。2ch基準でいうところのFランとか行くぐらいなら高卒の方がマシ、という考えに凝り固まっていたので、僕の精神は決して動かなかったのである。

 

人生を振り返ると、その選択は完全に正しかった。だから2chの過激派に感謝している。

 

大学の選択を避けたがゆえにプログラマの世界に飛び込めたし、その結果おそらくFラン大学に通うよりは良い就職ができたと思う。Fランの友人たちは軒並みフリーターになった。もう会うことはなくなったけれども。所詮は高卒という立場は仕事において、とりあえずやってみる、とりあえずしがみつく、どうせ出世に価値ある大企業には就職できないので、適当なタイミングで辞めて給料を上げるみたいなムーブができた。

 

もしこれが底辺大学に通っていたら、高卒と一緒に仕事していることに思うところがあったかもしれない。500万の授業料を積んだのにこれなのか、とか。勉強嫌いの僕がプログラマなのはどうなんだというのはさておき、テストというものは僕の人生のシコリになったのは間違いなかった。

 

最初の就職先で、面倒見のいい中小企業の社長に仕事がない間、基本情報の勉強でもして受けてみろ、と言われた。なんせ高卒で特に能力もない僕を若いというだけで採用し、育てようとしてくれた社長が言うのだ。嫌ですとは言えない。そこで仕事がないのだから会社に出てきて勉強し、3ヶ月ぐらいだったかの期間で基本情報試験を受けることになった。端的に言うと勉強を放棄した。そもそもjavaとかCから選んで問題を書くみたいなのが嫌いだった。その当時の僕が使っていた言語じゃなかったからだ。そうして座学を嫌い、12進数の計算という存在に腹が立ち、引っ掛け問題という人間の醜悪さが詰まったものに憎悪がわいた。

 

基本情報というのはプログラマなら適当にやっても受かるんですよ、とは言われるが無勉強で受かることはないのだ。その間僕はシコシコと小説を書いていた。クラウドサービスなんてものはなかったので、USBに保存したデータはどこにいったかわからない。それが決め手になった。仕事もしないで勉強できる時間もあったのに、一番低いレベルのテストも受からないというのは致命的だ。そうしてリーマンショックの仕事のなさも相まって、社長は僕をクビにした。ドカチン(土方)でもしたほうがええんちゃうか、という言葉は忘れていない。

 

僕はまたしてもテストというものに嫌悪とコンプレックスを残した。この頃から、会社を搾取するという思考が固定された。なんせ小説を書いている間も時給が発生したのである。それはともかくとして、テストというのはある種エリートとそうでないもの、ブルーカラーとホワイトカラー、知的人材と脳筋をわけるものかのように解釈していた僕は、2ch脳症によって汚染された世界観に自分がそぐわないことを認識し、卑屈になった。そうして少しの間、本当に肉体労働者になった。

 

肉体労働の世界はジョージ・オーウェル的に言えばプロールの群れであり、風俗とパチンコとヤニカスと酒でできている。そうして薄給であり使い捨てでもあった。中卒上がりで一人親方をする鳶職や大工はそれなりの給与かもしれないが、20代前半の、そうして2ch脳症の僕には受け入れがたいものであった。これならプログラマで残業したほうがマシと判断するのに時間はいらなかった。土方の世界は20代中盤でも10年近くキャリアを積んだ人たちがゴロゴロいるし、そういう人にアゴで使われるわけだ。しかも荒っぽい。そういう点はエンジニアの世界のほうが人間的だった。別の意味で非人間的ではあるが。

 

やがて2ch脳症は緩和され、僕はいかに会社からなるべく多くの金をもらうか腐心するようになって、そうしてサボりながら得た残業代で趣味に使うことだけが生きがいになった。その頃にはテストというものなどもはや受ける必要もないし、幸いにも基本情報試験に受からねばいけない業界ではない。

 

だが2020年、僕は試験を受けねばならない。IELTSである。2017年末には受けないといけないと意識しながら、2018年は受けなかった。恥ずかしいことに今年の早い時期に重い腰を上げ予約した。試験料は3万である。そして僕は遅刻した。朝起きれなかったわけではない。間違いなく起きていた。9時開始だし、20分ぐらい前につけばいいだろうと勝手に思っていたが、8時30分までに入室しなければ試験を受けられないというルールを見落としていたのだ。大学で必要なIELTSのテスト区分は受験予約メールがすべて英文でくる。そして基本的なルールを見落としたのだ。死にたい。

 

このブログのヘビー読者なら知っているだろうが、僕はすでにイギリスの大学から条件付き合格をもらっている。その条件がIELTSの総合スコア5.5というものである。大学に行く最低限というだけであって、実際のところはそれ以上の英語能力が必要になるだろうと思う。それはともかく試験である。筆記試験だけでなくスピーキングのテストまである。それが嫌で嫌で、ずっと現実逃避してきた。もちろん今までと違ってポッドキャストを聴いたり、英語の本を読んだり、UKのニュースを読んだりはしている。それでも最優先でやるべきと認識しながら九州旅行に行ったり、自転車を買ったり。長らく現実逃避をしてきた。

 

テストは僕を否定し続けたので、いかなる筆記試験も僕の脳が拒む。2ch脳症は再発しつつあり、もうすぐで僕はイギリスの大学に通うという圧倒的マウンティングポジションを得られるのだ。もちろんその後は、海外で就職だよ?神ならざるものだ。毎日はてブロでハイパーエンジニアマウント記事を書ける。どやってイギリスの大学合格したのかって?アホ高校の成績の総合評が高かったからにほかならない。それとプログラマとしての経歴と鍛えられた論文がフルパワーを発揮したのだ。毎記事2000文字を書く僕にとっては、採点者をたぶらかす論文を書くなど赤子の手をひねるようなものだ。英文に訳さねばならなかったが、内容は日本語で考えても問題ないわけで、僕の領域展開そのものだ。

 

不安なのだ。IELTSを突破しても大学ってテストとか課題のオンパレードでは?それに座学も延々としないといけないだろうし。だからここに書いた。恥の多い人生で歳を食って、あらゆるコンプレックスが解除されてきたのに最後に残ったシコリがテストだ。機械的に資質を試され、否定されるのが怖くて仕方ない。どんな批判リプよりそれが効くのだ。だってそれが現実じゃないか。仕事は口八丁手八丁でごまかせるし、批判されても金が入る。だが学問の世界は、上には上がいて自分が無能者だと繰り返し知らしめる。

 

だとしても、それが脳を破壊したとしても、超克しなければならないので、ここに書いた。