フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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子育てに成功した

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ふと思った。ウチの親は子育てに成功したな、と。子供の頃、あまりにも門限などが厳しく、母親は苛烈であったため、おそらく同級生からも異様な目で見られていたように思う。毒親の気配がなかったかと言うとあったかもしれない。もしかしたら令和の繊細な社会だと批判を受けるタイプかもしれない。それでも母は子育てに成功したのだなあ、と思った。

 

母親はとにかく子供を自立をさせるという点に主眼をおいていたし、ニートやフリーターをさせるなど論外なのであった。僕がフリーターでプラプラしていた頃、業を煮やしてさっさと正社員になれ、じゃなけりゃ出て行けと怒った。その結果僕は全く自信もないのに、とりあえずそれっぽい会社に入社して、紆余曲折を経てフリーランスとなり今までなんとかやってきている。

 

僕はというと、母親には特に親孝行している。回らない寿司に連れて行ったり、旅行にも連れて行った。僕が個人旅行に行ってもちゃんとお土産も買う。最も大きいのは家賃だろうか。僕が住んでいるのは親名義の一軒家である。実家ぐらしの頃に、この一軒家を他人に貸していたが、借り主が離婚し去った。そうして僕がこの家に住むことになり、もう10年ほどたった。家賃は市場で要求する分と同様の金額を母親に手渡ししている。僕もどうせ、他人に家賃を払うよりはいいだろう、ということで承諾した。おまけに水道が壊れても僕が修繕費を払い、固定資産税も僕が払っている。火災保険だって。どうせ一人暮らしするなら、もっと大阪府の中心部で借りたかったが、結局住むことになった。そうして僕の支払う家賃と年金とで基礎的な収入を得た母は、ゆるゆると小さなレストランを経営しながら生きている。母の能力や自分の為に会社で働けない性格からすると、もっと貧困になってもおかしくはないのだ。母は子供のために、老後の貯金のために途方もなく働いていた。今思うと僕が子供のころ、それは凄まじい体力で子育てと労働をこなしていた。子供への愛情が異常だったように思う。そうして巣立った今、もはや人から指示を受けて働きたくもない、という。父は子育てに関与しないというか、不器用すぎて何もできないタイプだったので、母親が教育者だった。父は父で清貧そのものの生活をしていたのと、母親の金管理のおかげで自分名義の一軒家を持てた。

 

もはや父親の面倒を見ることに嫌気がしたから、事実上離婚状態にある。そうして好き勝手できる収入源を得て、趣味人のように生きている。いずれにせよ母は子育てに成功してExitしたのだ。世の中にはどれほど愛情を注いだつもりでも、最後に自分で殺害するように追い詰められた人もいれば、将来不安定で子を頼れない親もいるのだ。犯罪者になるケースだってある。ところが母の子どもたちは一人前に働き、お金をせっせと文句もいわず渡してくれる息子がいるし、他の姉妹も迷惑をかけずに自立している。そうして念願の初孫も見れた。

 

あの苛烈な子育てと、姑関係のストレスを乗り切り、父親との夫婦崩壊も子供の自立までは乗り切り、自分名義の土地家屋を手に入れ夢のレストラン経営までやっている。20代から40代までの体力のすべてを使い切った価値はあったのだろう。僕が子供を育てるとしてもそううまくは行かないように思う。木造建築で40年以上は経っているこの父親の終の住処の最終処分や、日本の貧困化とは無縁のまま死ぬのかもしれない。

 

休日は友達と山に行ったり、Netflixで映画三昧であったり。寿命も早ければ残り10年、長ければ20-30年なのだろう。まだ認知症や要介護というトラップも残っている。人生の最後はまだわからないが、この数年は母が自認するほどの人生で最も自由な生活を得ているそうな。もう勉強も、不自由さも、老後の貯金もいらない。楽しいことを日々して過ごす毎日だそうな。

 

息子はというと不自由ではないが毎日悶々としながら、世を憂いてみたり、自分の不甲斐なさに打ちのめされたりして孤独な日々を過ごしている。母のバイタリティを考えると僕には結婚も子育ても無理じゃあないかな、と大きくなっていく姪っ子を見て思った。

 

クリスマスプレゼントとして渡した、アンパンマンが昔話を読む音声のおもちゃは、その声を聞くたびに不安定になり、ドン引きしていた。言葉も話せないし、ちょっと早かったかもしれない。強烈な子供のリアクションと思い通りにならなさは、人類がどのようにして子育てをやってきたのか、ちょっと疑問に感じてしまった。