フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

PR

政治の混乱は解決可能な問題がなくなったから

PR

安倍首相「国難とも言える状況」少子化対策進めるよう指示 | NHKニュース

 

政治が混乱し続けている。なんで今いる政治家は難問に真剣に取り組まず、桜を見る会で身内で楽しんでみたり、IRで不正をしたりするのか。そもそも私腹を肥やすことに魅力があるのと同時に、取り組み甲斐のある問題というのが消滅したというのが大きいのではないか。

 

2010年代のテーマはオリンピックに向けた準備というのが、政治家達のテーマだったのだろう。2020年でそれは一区切りする。現在政治家が迷走しているのはテーマがなくなったからだ。

 

馬鹿言うな、少子高齢化、財政難、新時代のテクノロジーへの対応、米中冷戦など色々あるだろう、と読者は言うかもしれない。残念ながら、これらの課題は政治家にとってインポッシブルなミッションということなのだ。

 

少子高齢と財政難は何をしても解決しないという風に思っている。少子化だけなら支援可能かもだが、高齢化が進み続けていてそれに対して予算を割かねばならない。財務省が四苦八苦しているのは、いかにして高齢者への財政支出を減らすか、やりくりするか、という点だろうが、消費税やもろもろの増税と、科学予算だとか生活保護費の減額などで対応しても焼け石に水のようだ。子供が生まれないというのは財政的にすぐに逼迫しないが、高齢者医療というのは生命に関わるため予算を出さないといけない。そこを削りすぎるわけにもいかないのだろう。

 

政治家にとって少子高齢の対応というのは、もはや解決不能か、あるいは「いかにして高齢者を減らすか」という決断の問題だ。ようするにどうやって高齢者を殺していくか、という手法を最大票田である高齢者にバレずにやる、という不本意かつ不可能な仕事とも言える。今のところ増税で先送りしている。2020年の予算100兆円の内、国債の利子が25兆円である。無い袖が振れなくなったら当然、高齢者への医療費を徹底して削減することになるが、それまでは増税でのらりくらりするだろう。

 

新時代のテクノロジーは今の主要政治家たちが50代後半から60代にかけて登場したものも多い。はっきり言って彼らに一体どれほどの知識のキャッチアップが可能であったろうか。今の若者だって専門的な教育がなければ理解不能なAIなどというものに対して、いかにして法や行政に適合させていけるだろう。今の権力者達には不可解な魔法の領域に見えているはずだ。

 

米中冷戦!これは政治パワーのお話であり、高齢政治家もついていける話題だ。しかしまさしくハードパワーが物を言う。そういう戦いにおいて日本がどれほどのことができるだろう?中国から締め出されれば経済が悪化し、アメリカからそっぽを向かれても経済が崩壊する。それが日本の立ち位置だ。そのため2つの大国の間で漁夫の利を狙いながら沈黙を貫くことに終始するしかない。トランプに威勢よく歯向かう方が損だと思っているだろうし、中国を切り捨てるほどの余裕もない。軍事力で独立したパワーがないことは右翼でなくても知っているし、中国にもアメリカにも対抗できない。

 

ようするに、今の政治家にはやることがない。ぶっちゃけ何一つできない。だからオリンピックというのはそれなりに現実逃避できるテーマだったのだろう。それが終わるとなると政治家が何を夢みることができるだろう?取り組むテーマがない。日本の経済や勢いが上向くだけの可能性もない。方法論がない。MMTなどは財務省が信じていないので、どれだけ主張しても実行する手足がないので実現不可能である。

 

一つだけあるとすれば、高齢者の予算を大幅に切って、病死を増やすということぐらいだろう。実は今の政治家だけでなく、国民のほとんどそれに気づいていて、最後の良心に基づいて推奨しないだけなのだ。誰もが高齢者の病気や認知症対応などの予算が日本を圧迫していることには気づいている。それを回避するのは死しかない。だがそれが社会的なムーブメントになるには豊かすぎる、といったところか。餓死者が大量発生するタイミングまで待つしかなかろう。

 

一部の人にとってこれらは絶対に受け入れられないことだ。安楽死があれば僕はいいと思っているが、動けなくなった高齢者を安楽死させる、などという事に対して嫌悪感を示す人も大勢いる。僕自身動けなくなったら人間の終わりだよ、放置されたり家族に迷惑をかけるぐらいなら死なせて欲しいと思う。だがそれを忌避する人がいるのもまた事実で、国債を擦り続け、その大量の利息を払い、そうしてギリギリまで増税で高齢者のめんどうを見続けるという選択を、僕らは消極的にしている。本当に本当に、飯も食えない状態になれば、自ずと答えは出るかもしれない。

 

IRカジノというのはわかりやすい政治家の夢だ。何だかんだ派手だし、金も流れ込みそうな空気感があるし、そこで賄賂などが発生するのも不思議ではない。しかしオリンピックに比べればパンチ力にかけるし、国民を統一するだけのトピックにはなりえない。文句は言われども何だかんだオリンピックは首都圏の動きを一致させることはできた。

 

政治家は選挙に勝たねばならない。勝つために支持者を抱き込み、マスコミをかわし、何としてでも得票する。解決可能な偉大なテーマがなくなった現在、彼らはいかにして得票するかを考えるだけのマシーンとなった。ありとあらゆる裏技を使ってきたように思う。それも、もうそれも続けられそうにない。

 

2020年は分水嶺だ。オリンピックが終わり不景気がやってくる。今までの不正なやり方や開き直りもごまかせなくなるだろう。国民にとって好況感があればすべてを黙っていてくれるが、不況になればありとあらゆる重箱の隅をつつかれることになる。

 

自民党に限らず、政治家が大きなテーマを持てないでいる以上、政権交代しても憂鬱な日々が続きそうだ。