フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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そろそろ医療費削るか、可処分所得の減少を許すか決めるべき

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実のところ日本はもうダメです。突然こんなこと言ってごめんね。

 

突然ではないのだけど、みんな気づいていて見てみぬふりをしていることがある。高齢者が増え続ける、医療費が増え続ける、医療費の原資は税金だから、税金払っている人の負担が増え続ける。もうみんなわかりきっていることじゃないか。

 

日本のシステムは医療費がどれだけ増えようと維持し続けるという形をとっていて、消費税を減らす代わりに、医療費負担を増やしたり、治療に制限をかけたりしようというインセンティブが働かない。そのため医療負担3割で誰でも治療システムをキープし続けるために、際限なく増税するということになっている。当然税金が増えれば手取りは減り、消費意欲は減退する。

 

所得減少が嫌なら、医療費の削減に関する方法を決めるしかない。もっとも愚かな対案の一つとして、今以上に国債を発行しまくれ、というものを上げたい。これについては経済学の原理ではなく、財務省の意思決定のうちに入っていないから議論の無駄で実現性がない、という結論があるように思う。例えば山本太郎のれいわ新選組が日本の頂点に立っても、財務省は絶対に絶対に言うことを聞かない。安倍政権が長期政権化した理由の一つが、財務省の提案には歯向かわないという態度を決めていたからである。だから増税し続けた。れいわ新選組議席をどれだけとっても、財務省の価値観と違う政策を強行しようとしたなら、政権崩壊の道を辿るだろう。そのため、もし今以上の国債発行をしたければ、財務省の代わりとなるプロフェッショナルを大量に用意せねばならないということだ。それは非現実的である。

 

どの職業でもそうだが社長が交代したので、業務内容を知り尽くした専門家を全員解雇し、新しく100人単位で同じレベルの人材を用意してください、という命令は無茶であることぐらいわかる。実際に、倒幕を成功した明治維新のトップも手足は幕府側の専門家を再雇用することをした。というわけで、国債を刷りまくる、は絶対に実現不可能だろう。僕が山本太郎に投票しない理由の一つでもあり、いろいろな人が野党は自民党と同じだ!と叫ぶ理由でもある。増税か削減か、は日本では避けられない。

 

医療費削減のアイデアはいくつもある。例えば医療負担の累進性によって、金持ちから際限なく医療費を取る、とか。もしくは、手術や治療に年齢制限をかけてもいいだろう。高価な抗がん剤は80歳以上は使えませんよ、とか。くも膜下出血は治療しません、とかなれば確実に死ぬので、その後の年金払いやリハビリ費用なども負担されなくなる。胃ろう状態の延命治療の厳禁だとかも一つの手である。

 

北欧では寝たきりや胃瘻患者が少ないって本当?その理由は?【QOLを重視した人生観や医療費削減の方針などのため】|Web医事新報|日本医事新報社

 

とはいえ、糖尿病は死ぬべき、というような発言をしたアナウンサーがその仕事のすべてを失ったように、「命の選別」はおそらく日本では議論できないのだろう。胃ろうなどは北欧では虐待とされており、心臓が動いているから無理やり生かす、という観点から議論しても良さそうだが、自分たちの制度で他人の生命を勘定するのが徹底的に嫌な日本だけあって、おそらく今のままだろう。

 

そのため所得における税負担は増え続ける。これに文句を言っても、あなたがたは高度な治療と医薬をたくさん使いまくっていて、それは無料ではありませんよ、というのが解答となる。

 

不満はわかる。どの程度価値があるかもわかならない、新国立競技場に1000億単位で金を使ったり、医療問題で知恵を絞らず、中国企業から金をもらいカジノを作りたがる自民党議員や、桜の会でイエスマンを優遇して税金を使う議員などに腹が立つのだろう。それに対しては、自民党に投票しなきゃいいだろうと言うしかない。とはいえ、オリンピックなんぞを誘致成功してしまったがゆえに、こうなることはある程度見えていたとも言えるし、2020年の夏が過ぎれば、少しは落ち着きそうだ。

 

内閣府、「桜を見る会」入札公告前に委託業者に日程伝え打ち合わせ - 毎日新聞

 

いずれにせよ高齢者の増大による医療年金の増大が、現役世代の所得を減らしていて、それが消費の長期落ち込みを招いていることは疑いようがない。国債発行ははっきりいって絶望的だ。本当は増税せずにもっとたくさん刷りまくれるのに!といったところで、財務省は絶対それを許さないので、したければ財務省の交代要員を育てるべきだろうが、東大のトップクラス集団を急に用意できる組織ってありますかね?実現不能なことに夢をみるのはバカバカしい。寝たきりになった人たちを治療しない、という方針は先進国ではかなり一般的だし、そのあたりから始めてもいいのではないだろうか。

 

期待できるのは政治家ではなく国民的議論でもなく、財務省の断罪だろう。金が限界を迎えれば、かなり強引に「たたむ」はずだ。医療費のアップだけが答えではない。国民の同意も議会の賛成も取らない手段が多々ある。地域の国立病院併合もその一つだろう。儲からない地域では私立病院は経営されないし、国立病院がなくなれば、大きな病気の治療も難しくなる。救急車がやってきても、病院に行くまでの距離の間に手遅れになる。そうやって、少しずつ大病の人たちが亡くなりやすくなっていく。高齢者は家を処分して、都会に来る。地方のインフラは精算されて、税支出を軽くする。

 

いずれにせよ、国民が断末魔をあげはじめたなら、財務省の大鉈までもう一息であろう。大量粛清が終われば、それが新しいシステムとして日本に受け入れられる。これから生まれてきた人はその日常に慣れる。

 

ちょうど戦後アメリカ支配をあっさり受け入れたように、財務省が実行的で合理的な事実上の粛清を行うことは簡単に受け入れられるだろう。それまでは増税で対応ということになるし、それは苦しい過渡期かもしれない。僕としてはさっさと増税の限界値までやってくれればいいのに、と思う。そうすれば国民が自分たちから命を差し出す優先順位を決めるだろうし、そうして長生きを諦めることになる。大病すれば死、という世界が受け入れられる。案外楽だと思う。やたら長生きするという前提だから不安で疲れる。寿命が短いなら老後はないから消費しよう、ということになるやもしれん。

 

悪くない世界だ。自分を殺すのは人ではなく、病魔である。短期間で死ねるなら、悪くない。長寿は諦める世界というのは実のところそんなに悪くないと思うんだ。