フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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この苦悩

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2020年の1月はあまり良い日々ではない。頑張れば去年末に終わらせられていた仕事をズルズルと引き伸ばし、ついに最終手段であるところインフルエンザ作戦まで使うことになった。月曜日に新年正式の仕事始めの日であったが、この日まで終わらせるべきあれやこれやを放置していたので、インフルエンザにかかったと嘘ぶいてごまかした。

 

もちろんインフルエンザになどかかっていないのだが、そのあいだの3日ほどで仕事を進め、帳尻を合わせることにした。今日、インフルエンザ休暇が終わる日だ。仕事はまだ残っているが多少はマシになった。今日と明日をごまかして、土日も更に仕事して、なんとかある程度の辻褄を合わせる必要がある。インフルエンザといってもその間、売上の日数として加算されないので、文字通りタダ働きであるが、そもそも去年かなりサボったので仕方ない。仕事のチャットを見ると、PM達はいよいよ追い詰められている空気感で、客の要望で朝会だけでなく夕会をすると言い出した。しかし幸か不幸か1月末で僕はおさらば、2月からの仕事面談依頼も来ている。このままのらりくらりでほどほどの仕事をして去るとしよう。

 

昨日イランが米軍基地を攻撃したってニュースがあって、一気に非日常感が高まり楽しくなって、その日の深夜にトランプがお気持ち表明することを知って、ワクワクしながら夜中youtubeで実況中継を待って、結局戦争は回避する方向でメッセージを発して、円高も落ち着いて、下がった株も元に戻って、普通の日常になった。戦争は起こらないことにこしたことはないけど、その時になんとも言えぬボルテージが上がったことは否定できなくて、「こういう感じ」を僕は望んでいるんだろうな、って。一日中ワクワクしていられるような感じを待ち望んでいるんだろうな、って。

 

将来の展望が見通せないことに、ずっと苦悩している。30代の半分近くに達しようとしている。あっと言う間に40歳。その時に、どうありたいのか。何をすべきか。僕は今、個人の能力を鍛えるという方向性を持っている。それでいいのか。例えば小金を持っている経営者というのは、その地域におけるコネクションや雇用などで、「根を張る」ことをしており、個人能力に限界を認めた上でやることをやる。僕は根無し草、行きつけの店というのもほぼ持っていないし、フラフラしているし、フリーランスになってからというもの、直接やりとりをしている営業担当がいるのみで、固定会社の下請けになっているわけではない。気に入らない仕事は蹴る。連続して休むこともある。そうすることで気は楽になっているように思えて、何だか虚しさも覚える。他にやれることがあるわけじゃないし、とはいえ小さな下請け会社を運営したいわけではない。

 

このまま大学に行っていいのだろうか、という気持ちもある。授業料で中古の安い一軒家が買えるほどだ。それに2年目か3年目には授業料免除がなければ、休学せざるを得ない。一種の賭けをしてここまで来ている。自分がロンドンで過ごした日々を思えば、大学での生活も、狭いAirBnbで毎日勉強するか、公園に行くかカフェに行くかぐらいの暮らしになるんだろう。30半ばにもなってそんな暮らしをするのか?

 

思えば20代が過ぎていくことに戸惑いはなかった。無駄に過ごしても、無駄に過ごしているな、という後悔の念はまったくなかった。33歳の今、何もしなければ後悔し、何かをしても迷う。去年の九州旅行も良かったとは思うが、計画的ではなくそれ故のアクシデントも楽しめたが、いやしかし良かったのかなあ、などと思う。それもこれも無駄に良い大学に受かってしまったからであり、その時間で勉強すべきだったかなあ、などと考え込んでしまう心がある。

 

ここまで来て、やーめたっとは言えないのも心労を増やしている。友達にも言ったし、高校の先生にも協力してもらったし、お金も使った。ここで辞めるのか?と強い圧力がある。他に良い道もあるんじゃないか、と助言する何かもいる。

 

そうしていよいよ時間が迫ってきている。仕事のリミットも守れない奴が、今後何をしていけるというのか。自縄自縛。でも前に進まねばならず、刻一刻と齢をとっていく。黙っていても時間は過ぎる。本当はこの年齢なら、色々なことを諦めるべきなんだろうな、と思う。諦めてその日暮らしを続けていければ、例えば一日中ゲームをして漫画を読んで、今日も満足したぜ、って心から言えたなら、それは素晴らしい。まあブラウジングでえらい時間を潰してはいるのだが。

 

取るもの手につかず。そうやって苦悩だけが駆け巡る。個人の能力を鍛えるという名目はいいが、能力向上はかなり遅々として進まないわけで、これでいいのか、大丈夫か、でもやらないとな、これを繰り返す。

 

何かに夢中になれる人が羨ましい。