フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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100日後にワニが死んで家族でギスギスした

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lady-joker.hatenadiary.jp

100日後に死ぬワニは有名で、ネットをほとんdど見ない母さえ知っている。ワイドショーでやっていたからだろう。家族のLINEグループでも話題になって、最終回の日は19時きっかりに更新されるだろうと思って待っていた。

 

しばらくして更新されなくて、これはワニが死んだから更新されないという意味か、などと他愛もないやり取りをしていて、更新されないだろうとたかをくくったところ、20分ぐらいして最終回が更新された。3日目の伏線が更新されたねえなどとメッセージを送っただけであった。その後のグッズ、映画化などの告知ラッシュは周知の通りだ。

 

次の日、LINEで大阪梅田でもグッズ販売がなされるというURLを送ってきて「めっちゃいきたい」とメッセージが来た。

 

僕はすでにネットの草の根の盛り上がりではなく、電通一級のマーケティングが上手くやったんだという意識もあって「拝金主義っぽくて興ざめした」と送った。これがいけなかった。

 

姉「100日も無料で楽しんでて?お金落としてあげるべき」

僕「無料で見せろとは言ってない。マーケティングとして無料にしていただけ。ネットバズりましたという空気を売るのが興醒めだ」

 

みたいなことをメッセージに送ると、姉は更に怒った感じでグッズほしかった人もいるだろ、みたいなことを言い出して、ああまずいな、と思った僕はそこで既読スルーにした。

 

無料で楽しんで盛り上がったんだから、応援するぐらいいいだろ、という押しつけ的な意見がネットでバンバン出るのを見るのは辛い。ひっそりと本が出ていたら、買っていたかもしれない。それでも応援したい人と興醒めした人との間できっと戦争が起こるから、僕は防空壕に行くとするよ。

 

世の中色々な意見があるだろうが、ネットでバズったタイミングで購買欲が上がってグッズが欲しいと思った人もいるのである。家族間でこれだけ考え方が真逆になるとは思っていなかったが、カワイイからグッズ買うみたいな層もいるのだ。これだけ前面に商売っ気を出されると、考察とか物語の意味を勝手に解釈していたのがアホみたいになって、色あせちゃったりしたんだけど、それを飛び越えて楽しめる方がいいのかもしれないなあと思った。

 

僕が得たものは、バズったものに対して、金になりそうかな?と考え、金に変えれるだろうな、と思えたならそれはマーケティングなのだろう、と判断できるようになったことだ。ネットコンテンツは素直に楽しむもんではなく、強制リボ払いで楽しんでいるようなものだろう。唐突に請求書が実体化したとしても狼狽えてはいけない。そこは楽しんだ記憶を消して支払わない権利がある。

 

アニメだって映画だって、後からグッズが展開されブルーレイで販売され、というのはわかっている。あまりにも普通のことだから、そういったエンタメ商売だってのを忘れて作品を見れる。ただし、それが事前告知されていないコンテンツだとあっという間に作品に入り込めなくなるんだな、と思ってしまった。

 

最終回前に本が出されると言われても気にしなかったし、100日以降の話は読んでみたいとは思ったものの、その後の話はきっと無難にまとめてくるだろうし、「ここで涙してもらいまっせ」という電通のメッセージみたいに勝手に思っちゃって楽しめなくなってしまった。

 

早い段階での書籍化ぐらいだったら、物語は純粋に作らている、と言えたに違いない。だけど圧倒的スピードでグッズ展開されると、広告が物語に入っているのではないか、という疑念が出てきて入り込めない。僕は作者の魂の物語を読みたいのだ。

 

もし途中でグッズ制作の依頼がきているけど買う人います?とか書籍化したい出版社がでてきましたありがたいです、みたいなツイートがあったら、誰もが応援しただろうと思う。とはいっても、聞いたこともない作者が取り上げられ、僕の家族のようにグッズ欲しいといって素直に買ってくれる人がいるんだから、クリエイターとして成功ではないか。