フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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演劇界が滅ぶとすれば、進化に失敗した彼らの問題なんだろう

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oriza.seinendan.org

僕は趣味が演劇というわけではない。100年ぶりのパンデミックに対して窮地に陥っているのは演劇業界ばかりではないから、本来ならみんなで助かろう、というのが理想なんだろう。だがもし演劇界が消滅したとしても、これは必然なんだろう。

 

飲食も旅行も製造業だって、というかすべての業界が回り回って不況の影響がある。そんなときに、まるで自分の業界だけが助かればいい、と聞こえてしまうような傲慢な、あるいは下手くそな業界人が代表だとすれば、これほどの絶望はないだろう。

 

平田オリザ氏は演劇界の代表的人物のように見えるが、業界人からすればきっと否定したいことなのかもしれない。それでも、彼以上に注目を集めることができる演劇人はいなさそうで、それこそが演劇界の罪ということだと思う。一人の無能者が余計な仕事をすることで失敗する。その無能者が代表だった場合、その立場を作り上げた業界自体の責任なんだろうな、とも思う。

 

既視感がある。

 

大昔、ITという言葉が一般的にはよくわからないバズワードだった頃、IT業界の代表はホリエモンだった。歯に衣着せぬ物言い、傲慢な態度、成金的振る舞い、どれをとってもイケ好かない存在だったように思う。その後、様々な問題を経てホリエモンブームは消え失せるが、その時、IT業界の人々はきっと複雑な心境だったに違いない。僕は今でも日本のITが遅れている、という状況の遠因は、ホリエモンブームとその顛末にあると解釈している。ようするにイケ好かないヤツが業界の代表としてみなされ、世間と政界から嫌われた結果、人々はその業界に対して好意的にならず、利用しようとも思わず、近づきがたい分野になってしまった、ということだ。その後ITが浸透するのは、GoogleAppleAmazonの日本支配を待たねばならなくなった。

 

世間からの軽蔑はIT業界の責任なんだとも思っている。ホリエモン以上の存在感が有り、ある種、まっとうで世界に打って出る代表を出せなかったのだから。ビル・ゲイツジョブズやラリー・ページ、セルゲイ・ブリン、それにジェフ・ベゾスのような多様性があり、素晴らしい成功者を多数だせなかった日本のIT業界の道はその時に決まったのではないか。アメリカのIT長者は研究者肌からハグレモノ、悪の帝王的存在まで様々で、ロックスターのような立場になったが、日本のITはヒルズ族などに代表される成金でムカつくやつらで、しかも日本国内で威張りくさっている連中しかいなかったのだ。そうして業界そのものがしょっぱいものになった。

 

演劇界の話題に戻る。演劇界の人々が全員悪いとは言わない。しかし平田オリザ氏を内部から批判し取って代われない、演劇界の代表的存在にも優れた人物はいるんだぞ、と言えないでいる業界人の罪であり、罰を受けねばならないということだ。民意が「あんな奴らは支援しなくてもいい」という許可を政府に与え、金を出したくない財務省や政治家たちがそれに乗っかり、結果として演劇界の大半が破滅状態になる、というようなあまりにも酷い仕打ちだとしても、それは閉じた世界で世間とのコミュニケーションをとれない集団となった業界のいずれ来る末路のように思う。

 

創価学会が批判されながら生きているのも、日本会議がバッシングをものともしないのも、車業界が強固な立場なのも、世間の一部を取り込みコミュニティ存続のためにロビー活動をサボらず、そうして代表が極端に嫌われない態度をとらない、ないしは代表が誰かもわからない業界として理想的な状態に進化したから生き残り続けていると、僕は思う。

 

変化に対応できた存在だけが生き残る、という進化論は各業界の生き残りにも当てはまる。演劇界は閉ざされて進化の袋小路に迷い込んだ。環境の大幅な変化に耐えうるだけの組織足り得ず、残忍な日本社会に断罪されるようだ。IT業界について言えば、時流が味方し、利用が避けられないものだったので日本でも生き残っている。業界が優れているわけではないだろう。偶然コロナ下でも生き残りやすいというだけだった。

 

天も味方せず、地の利もなく、人の和も失ったなら、破滅しかない。こういう時代表が優れているか、もしくは代表というものが曖昧になるように進化するということが業界にとっていかに重要か気付かされる。車業界自体が退潮だとしても、豊田章男がヘマをしてもカバーできる組織力がそこにはある。

 

この公開処刑は心地よいものではない。僕は目をそらして、部屋の隅で震え上がるほかない。もしかしたら次は自分たちの番になるかもしれないのだから。