フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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会社「男上司からの食事も対応できない女性社員なんぞいらんのですよ」

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熱いメッセージだ。

上位者からの好意のつらさを男性に理解してほしい

 

あなたが数十社採用試験を受け、落ち続けて、やっと1社だけ都内の中小企業の内定をとれた22歳の新卒男性だとする。

東京の私立大学に奨学金で進学したため、これから数百万円を返済していかなければならないものとする。

実家は地方(全然職がない)にあり、両親もコロナ不況の影響を受けていて経済的に頼るのは難しい。

 

権力がある人からの食事を誘われるなんて僕だって嫌だ。だが令和時代のニューノーマルとして、グローバル資本主義のスタイルというものがある。シンプルに言えば、能力を会社に売るのであって、自分のプライバシーや人生を切り売りしているわけではないというものだ。

 

本当に可哀相なのだけれど、誤解しているところがあって、上記エントリの引用にある大したスキルのない若者を雇う理由も余裕も現在の社会にはない。それを雇うような会社はいわゆる昭和的価値観に従って雇っているということだ。

 

昭和的価値観とは

・女子社員は会社の華、社内結婚用のショウケース、権力者の目の保養

・男性は年功序列と生涯雇用を餌に会社の利益のために改造されたロボット

・家族、人間力、コミュニケーション

 

今現在日本ではこの昭和的価値観と令和における正しいジェンダー観や強化された資本主義の価値観とが混在していよいよややこしくなっている。違法サビ残や差別、ジェンダー格差は問題とされる世の中では昭和的価値観に居場所なぞない。ところがネットで散見される意見の中には昭和的価値観の利益を捨てずに、デメリットは捨てたいと言う人達が多々いる。

 

昭和には会社が社員を庇護を与える代わりに、服従を強いるシステムだった。だからこそノースキルで若いだけの社員を一括採用してきた。彼らは即戦力にならないが、会社の文化に完全適応させて、後から利益を回収するというものだ。社内婚でもすれば、家族ぐるみで逃れられない牢獄の完成だ。しかしただでさえ国際競争が激しくなる中で、このシステムは機能不全となった。

 

資本主義では無能者は雇われず、極めて残念ながら冒頭で引用した奨学金返済に追われるノースキルの男女は社員になれない、というのが結論なのだ。もしそれでも雇う会社があるとすれば、まさしくスキル以外の部分の利用価値でもって採用されている。中小企業ならなおさら権力と金を私物化しているのだろう。

 

上司が男であれ女であれ、食事に誘ってきたということは、その上司が採用システムに噛んでおり、若さを楽しむために無能力を雇ったと見るべきで、これは昭和的価値観の残滓だ。社用車のベンツを買うより、雇用してその若さを経費で買ったということだ。権力者は自分の価値観で説教して楽しみ、育っていく過程を楽しみ、恩着せがましい態度をとるだろう。

 

採用されたあなたがそれを忌避するならば、最初から提示できる能力を明白にして会社に雇われるようにせねばならないし、それ以外の要望は却下する強さが必要だ。つまり昭和クソ企業に当たったと悔やみ、能力とタフさを持って会社を辞めてしまうのが正しい答えとなる。

 

このコロナ禍の中で、奨学金を背負って大学に行った人たちはどうしろっていうんだ、という怒りがわくに違いない。だが大学とは本来教育を受けて、その学識でもって関連企業に入ったり研究者になるためのステップとして通過するものだったはずだ。

 

90年代の学園生活を書いた漫画によくあったように、借金を背負ってモラトリアムを楽しむことが当たり前になっていて、その価値観を疑う生徒はあまりいないように見える。生徒たちは言い訳のように大学ぐらいでないと採用エントリにも上がれないと言う。彼らとて一部のエリート大学を除けば、高卒と変わらないということにうすうす気づいているし、採用側も大卒以上募集にしているのは慣習的な基準でしかない。無能力を自覚し借金返済を優先するなら、昭和的価値観を残した日本的企業の中で彼らのルールに則って生き残るしかないのだろう。実はそんな選択肢さえないアメリカよりも恵まれているとさえ言える。

 

日本では、企業側が古い価値観を残し、学生側にも実力社会に移行することを嫌がっている人々がいる。手取り足取り育ててほしいが、会社の権力者におもねるのはゴメンだ、というわけだ。定時で帰宅し、誰とも余計な会話をせず、権力者の顔色など伺いたくもないが、何かのスペシャリストというわけではない。そのような若者の態度を企業側も気づいていて、学校じゃないんだぞ、と取材で怒る経営陣もいる。

 

ここ10年ほどの社会でひしひしと感じるのは、無意味に大学に行くな、行くなら目的意識を持て、というもので、ただ何となく借金を背負って大学に行くような学生は教育資本主義のカモにされた犠牲者となっている。最近ではプログラミングスクールなどで学位も手に入らず大金を支払う若者もいるという。

わざわざ東京くんだりまで出て学んだことはちっとも生かせないのに、地方で基盤を築く選択もできず借金をし、時代も悪く、現代的でない企業にしか採用されず、そこでのローカルルールも忌避したいとなると、いずれどこかで蟹工船に乗ることになる。

 

「そうじゃあない、権力勾配の不条理を問うているのだ」とあなたは言う。

 

もし令和的企業なら、あなたはその権力勾配を受けることはないが、並の人材は採用されない。昭和企業ならそれがローカルルールであり、権力勾配による支配のデメリットとメリットの両者を受け入れるしかない、というのが答えだ。道徳的価値観が最新の採用担当が、ざっくばらんに可能性を買います、などというわけがない。権力を意識せず、若者を飯につれて説教できる適当さがあるから、無能者を雇ってくれるのだ。

 

あなたの価値観が令和的で今現在のニュートラルにあるなら、昭和的価値観の企業下に入ったことそのものが間違いだ。つまるところ極貧生活をしたとしても、辞めてUberEatsを始めるのが正解となる。

 

ジェンダー価値観のアップデート、ブラック企業の回避、ワークライフバランス、それらを求めるのは真に正しい。それらを主張すればするほど、資本主義の追求者たる企業は、役に立たない人々を庇護する義務を負っていないことをより強く示すだろう。昨今では、かつて庇護していた者たちが足手まといになって、なんとか合法的に切り捨てようとしている。権力者たちが若者をおもちゃにできないと確信したなら、より雇用はシビアになる。金と能力のトレードという側面が強くなり、採用はさらに難易度が上がり時間はかかる。はてブで見かけただろうか?Googleに採用されるまで半年以上かかったエリートのエントリを。

 

(煩わしくて)アットホームな昭和的価値観を捨てると、より冷酷な資本主義が顔を覗かせる。後で処分に困る無能ではあるが人権意識だけは最新の若者を雇うよりは、AI搭載の最新ロボットを導入する方がマシだな、という考えはすでにAmazonなどが実施しており、面倒なことを主張するだけのすべての人間を自動機械に置き換える努力をし続けている。

 

若者は企業に採用されるように、さらに数々の教育機関にお金を支払い、プライベートでたくさんの勉強に時間をさくように強いられる。そしてあなたは気づく、ワークライフバランスはそれらを難なくこなせる強者のものだったのではないか、と。ディストピアはすでに完成されていて、時代ごとにキャリアをチェンジできる超人か、やがて機械が代替する凡人に大別されている。

 

僕はここまで読んでいただいた方の肩が軽くなったことを望む。上司との食事を何度かこなしてはへつらうぐらい、実のところコスパのいい仕事だったのではないか、と。

 

上位者からの好意のつらさよりも、より辛い弱肉強食の世界があることに、このエントリで気づいたなら、積極的に権力勾配を利用してうまく媚びへつらってみよう。それはとてもコスパに優れたものだ。

 

低い能力の僕はそれさえできずに、会社に所属せず貧困な暮らしをしているのだから。