フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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「黒い匣」徴税能力さえない国の末路

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結構前に話題になっててkindle版が出ていたので買って読んだ。

ギリシャの元財務相が書いた、2015年当時のギリシャ政権とEUのやり取りの一幕を書いたもの。一応ノンフィクションと言えるのだろうか。内容としては、経済危機でギリシャ経済が破綻寸前まで追いやられた状況で、EUと交渉し危機から立ち直る政策を模索するという話。

 

まあ著者がギリシャ政府の人間だったので、EUに対する苛立ちと、政権内のゴタゴタや政策対立、権力争いの話が延々と続いて鬱々しい。

 

このバルファキスという人は経済学者でアメリカの大学で教授だった人。で、アンチEUギリシャのシリザと呼ばれる人たちが政権を取得して、財務相になった。それでギリシャを救うために交渉に奔走する。

 

財務相としての立場は、「EU離脱は反対」「借金を払い続けるのはNG」「そのためEUと交渉して借金を減額するなりしてもらう」というような考えに基づいて行動する。

 

この方は本書をギリシャ側として書き続けているので、読むとEUもえげつないなあ、みたいな感想が最初は出てくる。ただし冷静になって考えると要求が無理筋で、実質的に先進国とは呼べない国家にもかかわらず、先進国のような振る舞いと考えを持っているから辛みしかない。

 

序盤は、アンチEUEU離脱さえ厭わないというメンツのトップである、アレクシス・チプラス首相を説得する。説得ができたので、EU離脱はしないが、借金の破産宣告はできるし、そうなるとドイツだってその他EU諸国だってひどいことになりますよ?だからギリシャの債務を整理しましょうね、というのふうに交渉を始める。

 

破綻されると困るのはEU側なので、ありとあらゆる手を使ってヴァルファキスをバッシングする。バッシングするのは基本で、ギリシャ政権内を分断するために工作もする。例えばわかりやすいのは、ヴァルファキスに反感を抱いているメンバーにEU内でのポストを与えて反目しあわせたり、重要な期限つきメールを財務相や首相に送らず、担当職員に送り、反応を遅らせるなど。特に最終盤で出てくる期限付きメールの開封忘れは致命的となって、ヴァルファキスとチプラスの仲もボロボロになって、交渉チームも破綻状態になる。それにいたるまで、いくつもの失敗や、交渉の繰り返しやバッシングでチプラス首相自体がEUと対立する覚悟を失い、やがてヴァルファキスの草案が成立する可能性はなくなり、ギリシャは毎年多額の利息をEUIMFに払う約束をすることになりましたとさ、というお話。

 

読んでいれば確かにギリシャの国民に同情したくなる。だけど振り返るとやっぱ同情できねーわ、という考えに至る。

 

本書内でもチラッと認められているが、当初ギリシャは観光業が絶好調であるにも関わらず、税収が全然上がらない。その理由は公務員の徴税能力が低く、地下経済化しているからだという。その公務員をEUの二度に渡る救済案の条件で緊縮し、減らし続けるからこうなった、と。僕の感想としては、ドイツは役に立たない公務員を減らすようにしたんだろう、そして、もともと徴税能力は低かったんじゃないかと思った。

 

ヴァルファキスの要求はかなり厳しくて、「破綻されるのは困るだろ、だから借金を帳消しにしろ」というものだが、徴税能力がないような国家の借金を消したところで、また借金が必要になるだろうし、まあドイツ側から見たら何言ってんだこいつって感じだろう。ヴァルファキスが描くギリシャの窮状も、5割の世帯が年金を当てに生きているとか書かれているんだけれど、厳しいのだろうけど、何やってるんだ感が半端ない。

 

失業給付金を受け取れたのは9%、給料を半年以上受け取れていないのは50万人、賃金労働の3分の1は無申告、これがギリシャの問題で、特に無申告労働は解決しないと当然税金は入ってこない。そういう問題を著者は認識している。だが、EUは締め付けるばかりで、様々な観光地の土地なんかを債権団体に渡してしまい、借金の返済を義務付けて締め付ける。これを著者は借金の牢獄と呼んで抵抗する。そのために、デフォルトをちらつかせてドイツを脅して債権の免除を求めるようとする。だがうまく行かないのは、それを実行できるのは首相だが、首相はそこまで踏み込むことがほとんどなかったということだ。どんどんEUに融和的になって足元を見られていく。

 

元はと言えば、徴税能力のない地下経済化した状態で、金融危機を迎えた結果、今までの分不相応な暮らしを無理やり引っ剥がされたということなのだ。ギリシャの借金を免除するような例を作ると、ポルトガルやスペインも同じことを要求するだろうから、ドイツはそれを避けたい。そこであの手のこの手でギリシャの政権を叩きのめして、緊縮を強いる。EU側から見ると完全勝利で、借金返済を義務付けることができた。

 

ギリシャ市民がひどく鬱屈しているのは伝わってくるが、著者ヴァルファキスの甘い見通しがより悪くしたとも思える。

 

政党シリザはEU離脱をしたい人たちでもあったが、これをしなかったことで内部対立の原因が出来た。そもそも徴税能力がないことを認識していて、その改革の必要性を感じていたが、EUギリシャ人を信じていなかった。年金の支払いが止まってしまうことを著者は常に心配していたが、ドイツから見れば破綻国家の年金システム自体が不相応と思われていたのだろう。著者が繰り返すように最終判断は首相がしないといけないが、それだけを頼みにしすぎた。そして首相がデフォルトを判断しない、と決断したとき、EUの目論見通りの結果となった。

 

著者はギリシャEUの同じメンバーと考えていたが、どうにもドイツはそういうふうに思っていないという気がする。ただの足手まといで、それをなるべく穏便にするのが彼らの一貫した方針だった。暴発させずに借金は返済させ、そのために彼らの生活が悪化しても問題ないという態度だ。

 

元をただせば、怠惰な公務員であったり、徴税能力の低さであったり、年金の金額であったりを改革せずに放置した結果なのだろうと思う。だから開明的な著者には悪いが、借金を棒引きしたところで、同じことを繰り返すだけだろうと、見放したドイツは国家運営者として一枚も二枚も上手だったと思う。システムの使い方、法律の使い方、交渉人材の使い方すべてが素晴らしいということが、著者の文章から伝わってくる。対してギリシャ側は内部分裂、楽観主義、精神論が頼りで、こーなったら国家は終わりなんだな、と思わせた。その結果がギリシャ人の徹底的な貧窮だ。

 

これを読んでギリシャを馬鹿にするのはよくない。平穏無事に過ごしている日本はどうだろうか。1000兆円超えの債務があって、これはギリシャとは違うという人がたくさんいるし、毎年増え続けている。僕は財務のプロフェッショナルではないから、ソレが正しいかどうかわからない。だが、万が一債務返済のために無制限に徴税しないといけない、という事態になったとき、きっとこの本を思い出すだろう。金融危機前のギリシャだって現在の状態に追い詰められるとは考えていなかったはずだ。

 

日本にいる我々は積み上がる債務残高は問題ない、として生きている。徴税能力はギリシャよりありそうだが、政権の楽観主義と精神論、それに無知蒙昧さ加減で言えばいい勝負かもしれない。僕はそこに不安を覚える。

 

まともに財務の知識もない人たちが「金なんていくらでも刷ればいいじゃないですか、刷ったってインフレ起こらないもん」と言っているのを見かけるたびに不安になる。日銀や財務省など勉強しているプロフェッショナルが否定しているMMTを何の専門家でもない一般人が肯定している。それは危機前のギリシャ人だってそうだったかもしれない。借金なんて大したことありませんよ、と。

 

幸いにも財務省は悲観論者で勤勉であるから、ギリシャのような失敗はしなさそうだとも思っている。だが今や政治家が官僚の人事権を掌握してコントロールに手を出している。不景気もあいまって、税金なんて払うのが馬鹿らしいと思う国民が増えて、増税に抵抗を感じる一方、政治家たちがいくらでも国債を刷ってばらまけばいいなど言い出したらどうなるんだろうか。

 

少なくとも僕は日本がギリシャのようにならないとは思っていない人間の一人だ。