フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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はてな村民がなりたかったのは主人公ではなく竹林の七賢

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anond.hatelabo.jp

違うんじゃないかなあと思った。昔からバズった長文エントリなんかは、ユーモアがあって、世間やパンピーたちのよくある意見とは一線を画したモノだった気がする。インテリジェンスがあって、世相を切るにも根拠があって、キラリと光るものがあった。陽キャになれないだろうが、根暗でウジウジした陰キャにならずに、書を開き、涼しいところで思索にふけって論を組み立て発表するような。

 

今のはてな村の閉塞感はつまるところ、冷静で論理的で大衆に引きずられないないインテリジェンスとユーモアを持つ自画像、あるいはそういった理想像が消え失せて、極論と罵倒と短絡的なコメントで溢れかえった上に、ホットエントリに時折現れる七賢ちっくなエモ長文がゼロになった事による失望なのだと思う。

 

youtubeあたりでウェイウェイやっている陽キャたちより害悪な存在にまみれて、実はそのことも薄々気づいているけど、どうしようもなくって、気づいたまともな人が近づかなくなっていくというスパイラルにハマっている。

 

長文を書けない人だって天啓のようにやってくるクールなエントリに、自己投影していたんじゃないかと思う。書けやしないけれど、こういう冷静でユーモアと知性があるエントリっていいよね、みたいな。具体的なエントリを上げろよって言われたら出てこないんだが。

 

はてなが始まった2000年代に浮世離れした20代なんかが、そういう七賢だとか、劉備が永遠にこない諸葛亮的な立ち位置に憧れられたのは、若さ故の余裕だったんだね。もちろん現実には社畜だったとしても、心は余裕ある七賢でありたいと。はてなは通常の20代っぽくない人たちの、文学部を選んじゃうような人たちの受け皿的なサービスだったんじゃないか。

 

10年20年経ったらひどくなりました。熟慮も配慮も知性もなくて、罵倒し合うだけの空間に成り果てた。党派性とは無縁でいたかったはずなのに、党派性の塊になって左と右、上と下で際限のない殺し合いの螺旋の中にいるわけですよ。宍戸梅軒よろしく殺し合いの螺旋から降りるには消えるしかない。ブコメもエントリも書かない人だけが良いはてなーである、的な。

 

大量の無味乾燥で無知性で秒で愚かになれる者たちがネットを覆った結果、クールな何かを持った人たちが見えなくなった。最初から現実のソレが嫌いだったのに、ネット空間もソレで溢れた。自分もソレになっているような気がする。なのでクールな人たちは書かない。あるいはクローズドなところで書くんだろう。

 

だから取り残された我々には閉塞感と失望しか手元にありませんのです。