フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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コロナ陽性後の生き方

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■世間が人生を考えだした

 

僕はコロナ陽性判定後、入退院を経て通常生活に戻った。2週間も寝るだけの日々を送ると嫌でも人生について考える。そもそも1年半以上、世間の人々よりも自粛生活を送ってきた。それができたのはフルリモートで働ける仕事だったり、独身だったり、一人暮らしだったりというのがあるが、にもかかわらず、コロナにかかり軽症とはいえ2週間も症状に苦しめられた。こうなると自粛生活とはなんぞや、と考えるようになる。統計学者でなくても自粛とはコロナ罹患の可能性を下げるものだということはわかる。だが結局はかかってしまった。僕が地味に生活をしているかどうかが、コロナにかからないという保証にはならないし、真面目さの報酬でもないということがわかった。

 

世の中正しいことをしたから良い結果が返ってくるというほど、ナイーブな考えは持っていなかったが、心のどこかでそうあってほしいという願望があったようにも思う。だがわかりやすく打ち砕かれた。軽症だったから良かったが、これが重症化し死んでいたりしたら、客観的に見て人生楽しんでいるようには見えない退屈なオッサンが、哀れにもコロナで重症化し死んだ、という事実だけが残るのだ。そして人生はそれでいいとでも言えるだろうか。

 

世間の波に流されて、なんとなく自粛をしていたが、自分の1度きりの人生に向き合った上で、納得して自粛生活をしていたわけではないということに気づいた。世間を見れば、どうやらそういうことを考える人が増えているのかもしれない。もう自粛しない、というのを確信的にしている。その余波が真面目な自粛者たる僕に来た結果なのかもしれない。

 

どう生きるか、だ。自粛生活をするにしたって、もっと生き方を考えるべきなのだろうか。ぼけっと生きているつもりはなかったが、結果的にそうなっていたのだろうか。明日コロナで死んでも良い人生だったと言えるか。それは考えてこなかった。もはや世間も自粛せず、自分も自粛せずなら、コロナに何度も罹患するはめになる。ワクチンを打って重症化しないならなおさら。こうなるとそれを前提として、人生を謳歌するべきなんだろうと思った。

 

というようなことを皆が考え始めて行動に移している結果が現状の感染者数だったりして、真面目に自粛している人が感染して、意味ねえ!やーめたっとなって、自由行動を取り始め、さらに拡大する。生き残ればワクチンなしでも抗体が得られる。人々のためと言われても、あなたの人生があるんですよ、という言葉には抗いがたい。幸い順調にワクチン接種が進んでいるようだし。

 

■個人的に丁寧な暮らしを

ちょっと丁寧な暮らしを心がけたほうがいいと思った。コロナになる前から予約していたハウスクリーニングから始めようと考えた。時給3000円だしたら家をキレイにしてくれるらしい。引っ越しできるレベルで断捨離したいとおもってお願いした。いつ死んでもキレイな部屋でいいように。

 

旅行にも行こうと思う。もうしばらくは僕は安全な人間になった。だから行ってもかまわないだろう。多分。お金をためて家をリフォームしたい。見積もったら200万かかる。最近、家にいる時間が長いからここに金かけるのが一番良い使い方な気がしている。一方で1ヶ月ごとにウィークリーマンションを借りて、日本を転々と生きるのもいいなと思う。これらはすべて妄想だけれども。

 

コロナになって、死んでもいいような生き方を心がけたいと思った。