フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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10年前の自分を覚えているかい

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50歳以降の男性的な生き方に対する雑感 - ICHIROYAのブログ

 

久しく見なかったブログがホットエントリに上がっていた。はてなブックマークを知った日のことは覚えていないが、僕がはてブを利用し始めた頃はこの人の記事がバズっていたのを覚えている。7-8年前といったところか。

 

僕が19年勤めた会社を辞めた時、後悔した12のこと - ICHIROYAのブログ

 

最初期のブックマークは整理したりして残っていないが、このブログを作ったのが2014年だったりして、そのあたりがはてなユーザーになったころなんだと思う。フリーランスになったのが2015年頃だと考えると、会社員として生きていくのかどうかに迷い始めていたと思う。このエントリがきっかけとまでは言わないが、きっと影響はあったかもしれない。結果として僕は、金銭的な意味では幸せになったし自由になった。会社員として悩んでいたことなど過去のこととなった。

だが30代後半に差し掛かった今、以前よりはるかにダラダラ生きている。気楽と言えば聞こえはいいが、まだまだ働かないといけないし、老化も少しずつ感じている。金があるなら今の生き方を変える必要はない、という最終回答を得ているとも思っている。

 

フェラーリを買って乗りまわすだとか、世界を変えるなどと思わなければ、今の生活はベターだと思う。何事もない平穏無事な日々でござい。だが預金が膨大にあるわけではないので、体を壊せば一発貧困層の仲間入。

 

10年経てば人は変わる。ついに僕は退屈な日々を受け入れつつある。この1年は情熱のない日々だった。新しいチャレンジは失敗し、コロナは別に日本を破滅させなかった。むしろ東京の仕事がテレワークという名前で地方に流れ込んだ影響か、僕の収入は高くなり、バカ高い視力回復手術や父親の家のトイレの改装費用を支払うことができた。

 

10年前は不安で辛いこともあり、自己肯定の低さと意識の高さで苦しんでいた気もする。今やどうやって金に困らず生きていくかだけを考えられるほど余裕ができた。人間関係やら見栄をはることを気にしなくてすむようになった。

 

25歳頃と比較して35歳の自分はまったく別人のようになった。本質は変わってないが、社会に対してより消極的になった。次の10年、45歳になる自分の立場がどうなっているかは想像もつかない。もちろん本質的な性格面は変化しないと思っているが、何をしているかわからない。自分の気まぐれさで住んでいる場所を変えているかもしれないし、いよいよ両親が認知症などになるかもしれない。日本の経済力が今より悪くなっていることは確定的なので、それが自分の生活を不幸にしている可能性は十分にある。

 

このような考え方は10年も前なら考えもしなかった。ほとんど気にしなかった不安だ。55歳になったら、65歳になったら。想像もできない。ただただ貧困状態じゃないことだけを願う。そうならないように今から対処しないといけないと考えている。

 

それが未来の45歳になった自分の10年前に考えていたことだ。