フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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プライベートで勉強しないサクラエディタ開発おじさん

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axia.co.jp

以前バズっていたエントリーにプライベートで勉強しないとキャッチアップできないよという社長がいた。
賛否両論があったが、多数派はプライベートまで勉強してられっか、というものだったと思う。
 
僕もまたプライベートで勉強するのを社長が言うべきでないような気もしたが、僕自身は勉強したりする。
さすがにキャッチアップしないとフリーランスとしては生きていけない。
独身だし。
 
さてそんな僕が企業の依頼で、さる開発に参加したときのことである。
そのクライアントは金持っているBtoB企業だったがバックオフィスのさまざまな処理をPHPで作るというプロジェクトを立てた。
昔から使っているシステムは環境もバラバラで膨大になり同じような機能をたくさんもつことになってしまったので、ここらで統合してしまおうということになった。
 
そこの依頼はモダンとは程遠いもので
クライアントはフレームワークを使わないという縛りプレイを要求した。
これは出来上がったシステムをPHPという言語が滅びるまで使いたいという願望があるためでフレームワークは下手をすると2年で陳腐化することもあり、生き残ったフレームワークもメジャーアップデートをして過去を切り捨てることもあるので、それらの対策としてフレームワークを使わないという選択をしたのだ。
確かにそれは理解できるが、なんでPHPで作るんだろうという疑問もあった。
ブラウザで見れるという最大の利点のためだろうか。
 
ともかくそこでの作業に入ったわけだが、潤沢な予算を投入しただけあって頭数は多かった。
 
そんな時に出くわしたのがサクラエディタおじさんである。
そこの推奨環境はエクリプスというIDEだったが(モダンプログラマは唾をはくしろものだ)
とあるおじさんはそれさえも使わず、サクラエディタという(これまた開発環境としては過去の遺物である)シンプルなテキストエディタを使って開発していたのだ。
 
当然だが何枚というテキストを立ち上げ自分の開発にあたっていた。
平成も終わろうというときに、2000年代初めのような開発手法をしているのだ。
しかもエクリプスはインストールされているにも関わらずだ。
わからない人に例えるなら、サクラエディタで開発するというのは、火縄銃で近代戦争に参加するぐらいの感じだ。
火縄銃は数百年前の戦争では活躍できたが、近代では博物館以外で見ることはない。
 
開発環境設定マニュアルにはエクリプスが当然という書き方であったので、開発者たちはみなエクリプスを使っていた。
 
そこに反逆者が二人いた。PHPStormおじさんである僕とサクラエディタおじさんである。
お互い慣れた環境でやりたいという意思だけは共通していた。
 
参加して気づいたことだが、開発環境は完全にエクリプスに依存していた。悪い意味で。
別のIDEであるPHPStormだとソースコードを配置しただけでは動かないのだ。
 
そこで僕が調べると、エクリプスをwindowsに入れたときに出来上がるディレクトリ構成をソースコードにハードコーディングしていたので僕の環境だと動かなかったのだ。
 
ちょ、まてよ
実際のサーバーで動かすこと考えてる?
 
僕はとりあえずいろいろ不平を言って改善案を出した。
そんな成り行きで開発を進めるよりも、コントロールするあれやこれやを担当することになった。
 
まずハードコーディングをやめて開発依存の変数やらをenvファイルにまとめたり、masterブランチ一本槍という漢のgitをやめて、開発担当ごとにブランチを切らせてレビューをはさんだりした。
 
そこで立ちはだかるのがサクラエディタおじさんである。
彼はハードコーディングをやめさせてenvファイルにまとめたときも不満であった。
俺のPCで動かなくなったぞ、昨日までは動いたのに、と臆面もなく言い出した。スラックで開発環境の更新は周知してある。
 
僕が考える平凡なプログラマなら、一部のファイルに個人PCの依存関係を修正するだけでよいのだが。
こういうとき、ふと思う。
 
おめえ、ちったあ頭使えや
 
だがこの頭を使うという行為は、アンテナを張って導入されたライブラリや手法を勉強していなければわからないものなのだ。知りもしないことはできない。
サクラエディタおじさんにとっては未開の地の冒険を強制されるぐらいストレスフルなのだろう。
 
サクラエディタおじさんの言う「動かなくなった」はかつて僕がlinuxさえよくわからない時期によく思ったことでもある。
 
その後経験と勉強を重ねて、だいたいのことができるようになったからこそ環境の変化にも耐えられる。     
だがそれも現場のレベル次第であろう。
僕の知識が全く通用しない、さらにモダンの現場から見ると僕自身がサクラエディタおじさん的な見方をされるのかもしれない。
React使えないおじさんとか。
 
リーダーは現場の効率化、個人依存を減らす進展を喜んでくれたが牧歌的な開発環境をぶち壊されるたびに、サクラエディタおじさんはつぶやくのだ
「チッ、大変だなあ」
「今のところは動くようになりましたよ」
 
サクラエディタおじさんを憎めないのは、僕がもっと若くて無知なころそういう態度をとっていたな、と思わせるところがあるからだ。
それを僕より年上の人がとるってどーよとは思わなくもないが、彼はキャッチアップを諦めたもう一つの世界線の僕にも思える。
勉強しなかったらこーいうおじさんになりそう、と思わせる何かが。
 
そんな人に出会ったら、プライベートで勉強しろやとなるかもしれない。
そんなサクラエディタおじさんと、一緒の場所で働いているというのもまた事実なのだ。
 
それでもやっていける場所が日本にある。
 
素晴らしいのか?
いやそれとも