フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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映画「ジョーカー」妄想的な現実か?現実的な妄想か?

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今日の夜6時からのを見ようと思って喫茶店で時間が来るのを待っていた。どうせ直前になって買えばいいなどと思っていたら、席がなくなってしまった。仕方ないので夜9時からのレイトショーを待った。座席についてみると、レイトショーに関わらず満席になっていた。口コミが色々と評価が高かったので話題になっているようだ。

 

以下ネタバレしまくり。

 

まずネットでも解釈が分かれている一番最後のシーンについて。物語の最終部分で、ジョーカーであるアーサーが真っ白な部屋で精神科医と話し合っている。

「冗談を思いついた」

「話してみて」

「きっと理解できないさ」

というような会話をする。そのシーンにつくまでに不幸な人生を送るアーサーが犯罪者ジョーカーになっていく物語がある。そうしてそれらの物語そのものを妄想であるかのように思わせるシーンであるため、ネットでは物語はすべて冗談・妄想ではないかと解釈している人もいる。

 

このシーンはとても不自然だ。もし犯罪者ジョーカーであれば、しきりさえない部屋で医者と二人になっているのはおかしい。かといってすべてがアーサーの妄想だとすれば、物語冒頭の純粋に人を笑わせたがっていた不幸な男にしてはやさぐれた会話である。そこで僕はこう解釈した。部分的に妄想で、部分的に現実ではないか、と。すべてが精神病棟でのアーサーの妄想だとすると随分と変だからだ。

 

例えば黒人のシングルマザーと恋人のようになるが、そこが妄想ならなぜ白人ではなく黒人なのだろう。現実的な意味ではポリコレのために配役を黒人にふったということなのだろうが、当時の時代背景から考えて妄想の中の恋人を黒人にするのは不自然だ。終盤で将来のバットマンであるブルースの両親がジョーカー信者の暴徒に殺害されるが、妄想の中で彼らを殺す理由がないのだ。

 

最初バットマンの父親であるトーマス・ウェインにアーサーと母親は貧困救済の手紙を送り続ける。彼の邸宅で母が昔働いていたので、そのコネを頼ったわけだ。来る日も来る日も返事を待ち続けるが、何も来ない。ある日手紙をそのまま返されたことをアーサーが見つけ、中を見る。するとトーマスがアーサーの父であるというようなことが書かれてあり、母親につめた結果、トーマスの子供であるが認知されなかった子供であるということを告白する。この時点では確かにトーマスウェインを恨んでも仕方がないが、その後、トーマス本人から母親が精神病棟にいたことを知らされ、自身の本当の出自を知ることになる。ようするにトーマス・ウェインの息子だというのは母親の妄想だったわけだが、そうなるとウェイン夫妻を恨む理由がなくなるわけだ。終盤ウェイン夫妻が暴徒に殺される。これがアーサーの妄想なら逆恨みにもほどがある。

 

そういうふうに考えると物語のすべてが妄想というわけではなく、部分的に妄想なのではないか、と考えた。だが部分的に妄想だとすると、どこからどこまでが妄想だ、というような切り替えのサインがあるはずだろうと思った。そこでその切替の小道具がタバコではないかと僕は考えた。

 

アーサーは時々タバコを吸う。それが妄想か現実かを客に教えているのではないか。ざっと思い出せるところを箇条書きしてみよう。

 

・出自を知ったアーサーが怒り失望し、卒中で倒れた母を病院のベッドで殺害する。直前にタバコを吸っているので、母親を殺害したのは妄想。

・母親の葬式の日に元同僚が訪ねて来たとき、派遣ピエロの仕事をクビになるきっかけを作った同僚を殺害するが、その直前タバコを吸っていた(と思う)ので、そのシーンは妄想。

・コメディ番組に招かれそのテレビでジョーカーであることをお茶の間に披露するが、出演前の楽屋でタバコを吸っていたので、番組に出た事自体が妄想。

・暴動の中でジョーカーがタバコを吸うシーンがあったので、ジョーカーであることは妄想。しかし暴動そのものはあったのかもしれない。

 

こう考えると、アーサーの真実の物語はこうなる。

 

・ピエロとして色々な場所へ派遣される仕事をしており、突然高笑いしてしまう精神疾患を持ち、様々な人から疎まれていた。

・ボロいアパートで半分介護が必要な母と暮らしている

・同僚から銃を受け取り仕事中に患者たちの前で落としたせいで、仕事をクビになる。

・黒人のシングルマザーの彼女ができる

・同僚からもらった銃で、電車で暴力をふるってきた証券マン三人を殺害する。

・トーマスウェインに母が送っていた手紙を読み、精神科に問い合わせ、資料を強奪した結果、自分の出自や幼少期について知る。

・精神病棟で母親の履歴を強奪した結果、精神病棟に拘束される(最後のシーンにつながる)

 

このように自分の出自を知るまでが本当のアーサーで、その後のジョーカーと化していく一連の物語はすべて妄想であり、病棟で母親の通院履歴を強奪したため自身も精神病棟に拘束され、出自を知り絶望したアーサーがジョーカーとしてゴッサムシティの貧困層の英雄として祭り上げられる妄想をしているというふうに解釈できるのではないか。母親の通院歴を奪ったあと逃げたが、問い合わせたのが息子であるということはバレているわけで、その後捕まっても不思議ではない。深刻な疾患持ちであるため刑務所ではなく精神病棟に連れて行かれた(最後のシーンで医者と面談する)というのも辻褄が合う。

 

それが最後の真っ白な部屋で半ば自暴自棄に精神科医と対面しているシーンで象徴されるというわけである。実際にジョーカーとなっていくのは彼の悲惨な人生が、幼少期からすでに決定づけられていたことを知るところからなので、そこからがほとんど妄想になっているといえる。

 

証券マン三人を正当防衛で殺してしまったのは妄想ではないだろう。そしてそれ自体はピエロメイクのおかげでバレずにすんでいて、ゴッサムシティの貧困状態と格差や怨嗟については最初から最後まで事実なのではないか。証券マンを殺したできごとは世間の貧困層や恋人の黒人シングルマザーからは素晴らしいことのように讃えられたため、自分がその実行者であることを言えはいないが、妄想の中では悪のカリスマであるかのように振る舞う。それがアーサーのジョーカー物語なのだ。

 

個人的にはアーサーが手を下していないウェイン夫妻の殺人は現実なのではなかろうかと思う。現実だからこそアーサー自身ではなく暴徒が殺害している。ゴッサムの大暴動も現実なのだろう。アーサーはそれらの事件や社会情勢と重ね合わせて、妄想を展開していたのだ。

 

とまあ、タバコを吸うシーンがどれほどあったかは思い出せないが、見る人はタバコに注意して見ても、アーサーがごとき妄想が捗るのでさらに楽しめるかもしれない。

 

7.5 / 10点