フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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ピエール瀧氏逮捕で表面化する日本の不寛容

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俳優のピエール瀧容疑者逮捕 コカイン使用疑い | NHKニュース

 

https://www.buzzfeed.com/jp/ryosukekamba/taki

 

電気グルーヴはインタビュー記事読むぐらいしか知らない。大昔にシャングリラという歌がヒットしたことは知っている。なので逮捕された事自体はフーンってぐらいなのだが、それについたブコメに仰天した。

 

僕は大麻解禁派ではないし、薬物の経験もないが、この不寛容さには恐れ入った。人気コメを抜粋しても卒倒するレベルだ。南米でどれだけ麻薬戦争で人が死んでいると思っているのか、というようなことを理由に批判を展開しているコメントがちらほらあった。

 

南米でどれだけ人が死んでいたとしても、それは目立っている事情にすぎない。先進国で生きていく上で、途上国の悲劇の結果、豊かな生活が成り立っているということは否定できない。南米のマフィアの縄張り争いまで気にして、ドラッグなんてやめろというならば、中国の鉱山で奴隷のように働いて取られた鉱物のおかげで作ることができる電化製品や、アフリカの鉱山で死に物狂いで手に入れた宝石、油田があるおかげで紛争の絶えない中東情勢や油田で金持ちになったがゆえに抑圧を可能としている王政まで目を向けるべきだろうね。

 

サウジ産やイラン産原油の収入は人権抑圧を可能としているので、飛行機にも車にも乗るべきではない、と言われたら素直に実践するのだろか。彼らはきっと薬物は永遠に自分とは無関係だから正義を盾に強い主張をできると考えている。

 

自分達の必須の生活を脅かされれば、それは必要だから仕方ないとでも言うのだろう。シンプルに違法だからダメで十分なのに、その理論を強化するために大それた世界情勢まで利用するという点で、底知れぬ横暴と主義主張のためなら理不尽な理論をさも正義であるかのように持ち出す無意識の悪意を知ったよ。

 

そもそもヤクザのしのぎだとしても、街中の風俗キャバクラ、あるいは安い魚や貝類にいたるまで彼らが関わっているものも多く、単に僕らは気にしないというだけで彼らに金をやっていることはままある。結局意識的にしたらアウト、無意識に関わっているからセーフなどの彼らなりの基準があるだろうけれど、そういうのを御都合主義というのだ。

 

法律違反と反社に間接的に加担していることの是非は別物だ。少なくともそれが裁かれるならキャバクラに通いつめているおっさん達はだいたい罪人である。(キャバクラなんてヤクザのフロントみたいな連中がほぼ経営しているし、個人でやるといろいろと面倒らしい)

 

ヤク中が創った音楽なんて禁止しろというのもあった。例えばイギリスで知り合ったゴロンビア人によると、コロンビアでは首から薬物ポッドみたいなのを下げて普通にスパスパやっているのは珍しくないそうだ。となると、コロンビアの音楽はみんなダメな音楽なのだろうか。日本のラジオでかけるのは間違っているとでも?

 

僕はそんな事言いだしたらアメリカなんて薬物したことないアーティストの方が少数派なんじゃないかと思っている。アーティストだけでなく背後で支えているサウンドイカー達にもいるだろう。薬物未経験者だけの音楽や芸術なんて本当に存在するのかと思えるのだ。日本ならまだ割合は高そうだが、音楽とはフロントマンだけで創るものではないので、まあ薬物影響の完全排除なんて音楽を聴かない人ぐらいができることだろう。

 

こうやってバレたから正論武装して叩きのめしてやろうという集団が可視化されると、そのシャバの悪意をまざまざと見せつけられたようでうんざりするのだ。結局の所生きづらい世間というのを構成するのは、このように水に落ちた犬を叩く精神のおかげなんだろうな。

 

しかもピエール瀧氏を徹底して叩くのは、僕らが気づいてしまったからだ。今だってApple Musicで配信されているアーティストには薬物まみれの音楽が配信されていて、きっと知らない間に楽しんでいる。そんな事言いだしたらキリがないだろって?

 

気づいてないから自分たちは悪人に加担してきたわけではないと強弁できる精神とは、極めて恐ろしいものなのだよ。ヒトラー時代のドイツ市民だって虐殺に薄々気づきながら、戦後は知らなかったと主張する人も多かった。

 

僕らはヤクザや人権抑圧国家に加担しているということに薄々気づいているが、そんなことを全く無視して、違法がバレた人たちを徹底して叩ける精神を持った集団の中で生きているということが、僕はその現実こそを恐れている。

 

こんな恐怖は幻覚剤でもやらなければ耐えられるか!俺は部屋に戻るぞ!

 

 

■追記

コメントを晒しているというブコメをみた。参照程度に引用したぐらいの感覚だったが怒りを買ったようだ。一応消した。ネットで書いたものが、どこかで引用されて批判されたり利用されたりするという覚悟は持つべきだ、と思っていたものだから気軽に参照してしまう癖があるようだ。僕は自分の文章がどれだけ批判されても怒りはしない。批判されたり引用されたくなければ、家で日記帳に書けば良いからだ。ま、考え方の違いではあるだろうがね。