フロイドの狂気日記

時は流れ、曲も終わった。もっと何か言えたのに。

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そら羊文学は金持ちの傲慢音楽でしょうよ

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令和ロマンとやらの漫才を見てみたけど「こいつ実家激太なんだよなあ」っ..

「羊文学は東京の文化資本のある裕福な家庭で育った感じがするから信用で..

これ思い出したhttps://note.com/ao8l22/n/n382fcb80113b 「できる人」をバカにする..

 

なんか最初に令和ロマンが金持ち出身であるので笑えないと言われ、その次に羊文学が信用できないと言われて憤っている人がいんだけど、令和ロマンはともかく、羊文学はむしろ子供の頃から文化資本を持ってしても音楽の過剰な才能は手に入らないみたいな証明になってて貧困層の希望っぽくなっているように思う。信用できないっていうのはその通り。

 

令和ロマンについて言えば、M1史上で最低レベルの大会だったのでは?という意見をネットでかなりみかけるので圧倒的評価ではなく、ミルクボーイの2019大会だと優勝まではいかんかったろうし、2015年大会と同様にライバル運にも恵まれている気がして評価は今後に持ち越しではなかろうか。

 

で、羊文学。

写真がどれも鼻につく

あくまで「売れる」に主眼を置くと、ビジュアル重視することはすごく効果があるのだが、文化資本のある良い家庭出身だと、世間に受け入れられるためのゴリゴリに整形メイクなんかはしたくないみたいだ。ビジュアルも曲も媚びを売らないというスタイルが見え見えで苛つく。

 

仲のいい両親と食事するたびに「全部与えたつもりだったけど、顔は気に入らなかったのね」と傷つけるような行動を、良家の子女はとれないんだろうか。田舎のヤンキーキャバ嬢なんて秒で美容整形外科に駆け込むが、文化資本はそれを許さないようだ。

 

羊文学のルックスで天然の清楚系美女しか似合わないようなポートレートの撮り方なので、マイナスにしかなってないな、と思う。なんていうかイラっとくる。アルバムジャケットやインタビューの写真見るたびに、そういう系ね。お高く止まっているねと思う。芸術っぽい絵画のジャケ写の方がまだましで、このツラでこのジャケ写を堂々お出ししてくるのか?と、勘違い行動に見えて辛い。音楽で評価しろ!ってんならAdoの方が正しい戦略と思う。

 

総力戦(ルックス、音楽、宣伝)を拒否しているので逆にダサい

実家の太さがあるので売れなくてもいいんですよ、というのはわからんでもない。クラシックのバイオリンみたいに金持ちしかできない音楽をほそぼそと続けるのは理解できる。インディーで好き勝手するのもわかる。呪術廻戦のEDにねじ込んでみたりして、ヒットの欲を出すけど大衆を意識する努力をしないように見えるところに嫌悪感がある。more than wordsはまだ媚びたほうなのか。あれで?

 

ゴリゴリのエンタメ業界に入ってるのに、できる範囲で総力戦をしている感じがしないのが、こいつら勘違いしてんな、と思えて嫌だ。どれ聞いても環境音楽、並以下のビジュアル、キャラクター。1999聴いて歌詞から何を感じろってんだ。あのちゃんとか好きじゃないけど、何でもやったる感がある分尊敬できる。普通ってなんですか?とか言いつつ顔の輪郭が隠れるボブや流行のテンプレ地雷系をちゃんとやっている。売れるまでは。下手くそなダンスもしている。ベロチューとか言うし、auのキモいCMとか出てる。

 

良家の子女に生まれて自己肯定感マシマシで育つと、自分のビジュアルはこれですけど?みたいな態度をとらざるをえないのか?あなたはそのままでいいの、的な教育されてるんだろうし。平凡な人生ならいいが、エンタメ業界に入ってそれやられるとイラっとくる上、別にPVとか見ないし、となるだけで何のプライドだそれは。代表曲はこれです、というようなキャッチーソングを作ろうとしないのも、別にいいけど鼻持ちならない。実家太いから別にいいんでしょうけど。歌詞だけは平凡なJPOP的なのがより忌々しい。きっと間違いだらけのストーリー、じゃないんだよ。

 

売れたい思いが見えるけど、好き勝手やるという浅ましさ

太りすぎているけど自分を認めよう。ブサイクに生まれたっていいじゃない。ありのままの自分を受け入れ肯定し、健やかに生きよう!という考え方はわかるけど、競争社会の領域でそれをやられると勘違いしてんじゃねえゴミども、と思ってしまう。お前もソレを受け入れて、平凡さに金を出せ、と言われている気がする。

多分そういう考えを押し付けているんじゃなくて、ナチュラルにそういう態度をとっている、と好意的解釈をするようにしてるんだけど、嘘つけよ。SNS最盛期で不評が聞こえてこないわけないんだから、世間に寄ってみるか、って判断をあえてしてないんだろうな、ってのがいわゆる金持ち仕草で気に入らん。

 

世間に受け入れらるため激しい競争をしている業界で、特徴はないけど大衆に媚びる努力も無理もしません!みたいな態度はどうなんだ。椎名林檎とか中島みゆきとかみたいな作詞作曲演奏歌唱声質すべて持った才能でさえ、大衆向けアレンジの曲をたくさん出してるのに、金持ちの傲慢さここに極まれり。

ビジュアルから曲に至るまで大衆に媚を売らないけど、売り込んでくるのに気分の悪さを感じる。専門家たちの褒め方もステマ臭がするし。大衆に媚を売りたくないアーティストは山程いるけど、売れた人たちはシングルだけ大衆受け狙いで、アルバムは好き勝手するとか、ルックスに自信がないからあまり表に出ない、みたいな戦略を取ったりするけど、彼女たちの遠慮のなさというのが押し付けがましいな、と思う。地方出身の高卒アーティストだと、掴んだチャンスをものにするため追い込まれるんだろうけど、羊文学からはそういう空気がない。

 

羊文学、CHAI新しい学校のリーダーズから感じる不愉快なズラし方

まじでやめろ。より良いもの、より美しいもの、心を掴むものを提供するエンタメ業界において、あえてそういうのから外しますみたいな戦略を取るのやめろ。純粋な美しさやポップスを否定しろ、みたいな踏み絵を出すな。

先んじて音楽評論家気取りがこれぞ新しいスタイルみたいな感じでバンバン踏んだものを「これ踏まないとマジでクソだぜ?」みたいな態度をとってくるな。金持ちが媚びずに好き勝手します、ってんなら宣伝なしで隅っこでやってくれよ。パンピーが奇をてらっただけの音楽を最先端っぽく売り込んでくるな。ブルシットジョブ。拷問だろうが。

 

理解ある僕くんが、ネットで褒めてるのもうへえ、となる。嘘つけ、オタク気取ってるだけだろ。本当はボカロ聴いて浜辺美波が好きなくせに。

 

なんか映画とかでも過剰に逆張りして不愉快にしたものを、これ受け入れないとダメだよ?みたいなの増えてませんか。エンタメ産業は逆張りしないでもらいたいです、はい。